恋の掟は春の空
小さな箱
なんだかんだで、若い神父さんまで けっこう飲んで酔っ払っていた。
もちろんステファン神父さんも 叔父も、そして叔母までけっこう上機嫌になっていた。
直美と俺も遠慮して飲んでいたけど、ちょっと酔っ払っていた。
「さて、もう10時ですよって、そろそろ 帰らしてまらいますわ。明日の朝のお祈りに寝坊しますよって・・」
ステファン神父は自分にも若い神父さんたちにも言うように叔父に話しかけていた。
「じゃ、俺らも、そろそろ、帰ります」
ちょっとタイミングを計っていたので、一緒に切り出していた。
「神父さんたちは 仕方がないけど、お前らは泊まってたらどうだ。まだ学校も始まっていないんだし・・」
真っ赤な顔の大きな声の叔父だった。
「あなた・・今日はとってもいい日だったのに、二人の邪魔するようなことをいっちゃだめですよ・・ねぇ 直美さん。直美さんに嫌われますよ・・」
叔母が叔父と、直美の顔を見ながらにこやかに話していた。
直美は、返事に困った顔をしていた。
「部屋が全然片付いてないんで、今日は帰りますね、叔父さん、また遊びにきますから」
すでに神父さんたちは 立ち上がっていたので、腰を浮かせながらだった。
「そうかー。じゃあ 近くなんだから いつでも来るんだぞ。あ、それからうちの若いのが言い忘れたそうだが、部屋の電話はもうあとは電話機をつなぐだけになってるから。これが 電話番号だからな」
ポケットから紙を出しながら言われていた。
「会社にいらない電話機もあるんだが、事務用しかなくてな・・そっちは好きなの買っってつないでくれ」
「すいません。そんなことまで」
「いや、会社が会社だから、電話回線ぐらいはいつでも余ってるから気にするな」
建設とか不動産会社ってそんなものなのかなぁって酔っ払った頭で考えていた。
「ほんとにすいません。部屋も広くてちょっとびっくりでした」
「わたしも、びっくりしちゃって、ありがとうございました」
直美も立ち上がって一緒にお礼を言っていた。
「いや、いいんだお礼なんかは。じゃあ 気をつけて帰りなさい」
「はぃ」
赤い顔の叔父はちょっとさびしそうに見えた。
「ほな 、今日はとってもいい日でしたなぁ。また宴会しましょ」
玄関にステファン神父の声が響いていた。
一緒の俺と直美も 若い神父さんも揃って叔父と叔母に頭を下げた。
「ちょっと劉ちゃん 待ってね・・」
玄関に見送りにきていた叔母に言われたので俺だけちょっと待つことにした。直美と神父さんたちは玄関の外で待ってくれるようだった。
部屋に戻って、帰ってくると小さな箱を叔母は手にしていた。
「これね、いつか直美さんによかったらさしあげてくれる。古いもので悪いんだけど・・今日のお手伝いの気持ちだから・・」
「は、はぃ わかりました、お預かりしますね。本当に今日はいろいろありがとうございました」
また叔父と叔母に頭をさげて、その箱を預かった。手のひらに納まる小さな箱だった。
玄関をでて、神父さんたちと教会の門のところまで歩いて、そこでお別れを言う事にした。
「ステファン神父、また、遊びにきます。今日はありがとうございました」
「あんさん、お祈りにでなくて遊びにでっかぁ・・・あんさん らしいわ・・」
笑われていた。
「ま、ええがな。いつでも直美さんと遊びにきなはれ。直美さん、この子、なんか悪さしたらいつでもわてに言いにきなはれや、お灸すえますさかいに・・」
「はぃ お願いします」
笑いながら直美は答えていた。
隣でちょっと俺は苦笑していた。
「ね、叔母さんなんだったの・・」
「えっとね、今日のお礼だって言ってこれを・・」
ポケットの中から叔母に渡された箱を出していた。
「なんなの・・」
「えっと 俺もわかんないや・・開けて見ようか・・」
「うん 見せて・・」
駅に歩きながらの静かな住宅街で箱を開けることにした。
「わー なんだろう これ・・ネックレスかな・・綺麗・・・」
取り出すと、小さなクロスのついたネックレスだった。クロスの周りに綺麗な宝石が埋まっているようだった。
「すごく 綺麗・・」
街頭の光に輝いているそのネックレスを直美は手に取っていた。
「こんな 高そうなものもらっちゃっていいのかなぁ・・」
たしかに 高そうだった。
「ちょっとつけていいかなぁ・・」
「つけてあげようか・・」
背中を向けた彼女の首にそのネックレスを付けてあげた。
「どう・・似合うかなぁ・・」
こっちを振り向いて聞かれていた。
「うん、似合ってるっていうか すごく綺麗よ、それ」
綺麗に胸元に輝いていた。
「このまま、着けて帰ってもいいかなぁ・・」
すごく うれしそうだった。
「ねぇ、劉も十字架のって持ってるの・・」
「へ、俺・・俺ってクリスチャンネームあるけど、そんなの持ってないぞ・・だって俺、クリスチャンって感じじゃないから・・理解はしてるけど・・」
「へー そうなんだ。信じてたりするのかと思った」
「うーん。どうなんだろう。きっと信じてるような信じてないような・・ま、でも 信じてる人はバカにはしないけどね。心のよりどころって、きっと必要な人には必要なもんなんじゃないかなぁ。あそこで子供の頃に教わったのは宗教ってのよりも人間としてって感じのだなぁ・・特にあのステファン神父からは・・」
「ふーん、そうなんだぁあ。あ、叔母さんにお礼言いに戻ろうかなぁ」
もうすぐ世田谷線の駅だった。
「今日は、もう遅いから・・それより電話でもして料理でも一緒に作りにいってあげなよ そっちのほうが喜ぶよ、きっと」
「そっか・・じゃ、そうする」
駅につくとちょうど世田谷線がゆっくりやってきた。
乗り込むと2両編成の電車は空いていて、二人で並んで座ることができた。
ちょっと酔っていた直美は頭は俺の肩に乗せてきていた。
直美の胸で輝いているクロスは、叔母が若いときに着けていたお気に入りのもののはずだった。昔みた叔母のアルバムの写真によく出てきていた記憶のものだった。
たしかあの部屋に飾ってある銀のフォトフレームの中の大学生の叔母の写真にもそれは首から下げられているものだった。
直美は、すぐに、ちいさな寝息をたててはじめているようだった。
それは、それは、かわいい寝顔だった。
わすれちゃいけない日になっていた。