恋の掟は春の空
宝物のように
「ちょっと 今日は わて 下手でしたわ・・」
歌い終わってステファン神父は大きな声で言い訳みたいなことを言っていた。
「ま、皆さんも私も、今日の事は忘れずに生きていきましょう」
叔父も、叔母も直美も、俺も若い神父さんもみんなでうなづいていた。
「ステファン神父様も ご一緒にお夕飯をなさいませんか」
オルガンの椅子から立ち上がりながら叔母が話しかけていた。
「今夜は、神父さまもお好きな五目ごはんつくりましたので・・よろしかったら、若い神父さまも皆さんでおいでくださいな・・にぎやかなのは好きですから・・」
叔母のおかーさんも おとうさんも 若くしてすでに亡くなっていたので今ではあの洋館は二人きりの家になっていた。
「今日は、わて入れてうちの教会は4人もおりますよって、押しかけたらあんさんらの食べ物なくなりまっせ・・それでも ええなら おじゃましますがな・・・」
ステファン神父はすごく うれしそうだった。
「だいじょうぶですよ、本当は、そのつもりでこちらに みなさんを、お誘いに伺ったらこんな事になったんですから・・たくさん料理は用意できてますよ・・」
「ほなら 少したったらお伺いいたしますよって、遠慮なくご馳走になりますわ」
神父は巨漢を揺らしていた。
「では 私たちは家で待っておりますので、みなさんでいらっしゃってくださいね・・」
叔母に言われて、みんなで 隣の家に帰ることにした。
外に出ると月が綺麗に輝く夜になっていた。
「私、手伝いますから 言ってください。なんでも言ってください。叔母さん」
家に戻ると直美はいそがしそうに台所に立っていた叔母に話しかけていた。
「お客様なのに、悪いけどお願いしていいかしら・・ごめんなさいね。お皿に乗せた料理を畳の部屋に運んでもらっていいかしら・・」
遠慮がちに直美にお願いしているようだった。
叔父と俺は隣の部屋のソファーに座って、それを聞いていた。
キッチンに立っていそがしそうに動いている叔母はとても、うれしそうだった。
「娘と母親みたいで・・いいなぁぁ・・」
叔父がつぶやいていた。
「お前。養子に俺んちに入って、あの子嫁にもらうってどうだぁ・・」
バカなことを、上機嫌で、それもでかい声で言っていた。
「あなたったら、変なこといわないでよ。劉ちゃんも直美さんも返事に困っちゃうでしょ・・」
直美の顔を見ながら叔母は、まんざらでも なさそうだった。
実は中学生の時にまじめな話で、この家に俺を養子にって話が、叔父から俺の家に来ていたので、笑えなかった。俺が、直接に叔父に断っていたから余計にだった。
「叔母さん、これ 全部一人で作ったんですかぁ・・」
直美が驚いて叔母に話しかけているようだった。
「朝からだけどね」
「わぁー 私、今度お料理を教えてもらっていいですか」
「あら いつでも いらっしゃいよ。楽しいわぁ。劉ちゃんとじゃなくてもいいから、いつでもいらっしゃいね。本当よぉ」
叔母は また うれしそうに笑っていた。
「おじゃましまっせー」
玄関から大きな声が響いてきた。
「失礼いたします。私たちもお呼びいただきありがとうございます」
さっきの若い神父様をいれて3人の神父さんが巨漢のステファン神父の後ろから静かに挨拶を叔父にしていた。
「こりゃー ご馳走ですなぁああ」
さっさと あがりこんで、並べられた料理を前にステファン神父はうれしそうに巨漢を揺らしていた。
「さ、ちょうど ご用意できましたからお座りになってください」
畳の部屋には直美と一緒に並べた料理が座卓いっぱい広がっていた。
「ほな、座らせてもらいまっせー。さぁ みんなも はよ、座りなさいな」
若い神父にも 俺にも言っていた。
なにか まだ手伝う事がありそうな気がしたので直美と俺は1番手前の席に座ることにした。
「ステファン神父様は 日本酒をどうぞ・・」
叔母が神父の前に5合ぐらいのちょっと高そうな日本酒をだしていた。
「ほー こりゃぁ おいしそうな日本酒でんなぁ・・新潟でっか これは・・」
栓を自分であけて コップに注いでいた。
「うーん いい香りですなぁぁ・・さ、みなさんも はよ 乾杯していただきましょうや」
叔父も、若い神父さんも 叔母もビールを飲むようだった。
俺と直美の前にはウーロン茶のコップだった。
「あら、あんさんらは それお茶ですの?お祝いやからビールぐらい飲んだらよろし・・」
そんな事を言っていいのかってステファン神父を見たら、若い神父さんたちも同じようにステファン神父を見ているようだった。
「そうねー ちょっとなら いいでしょ 飲めるでしょ。劉ちゃんも直美さんも・・」
叔母がそんな事を言うとは思ってもいなかった。
「少しなら飲めます。俺も直美も・・」
「あら じゃぁ いただきましょう」
叔母さんは新しいコップにビールを注いでくれていた。
「ほな、そろいましたさかい 乾杯しましょ。わてが しゃべっていいんでっしゃろか・・ま、わてが1番の年寄りよってええですか・・では、みなさん、本日はこの若者たちの愛の誓いと、前代未聞の2度目の婚姻の誓いに、祝福を。かんぱーい!」
「かんぱーい」
おおきな声が静かな住宅街に響いていくようだった。
おいしそうな料理がほんとうに並んでいて、さっきまでの緊張はいっぺんにとけていた。
直美も俺も、そして全員がうれしそうに 料理を口にしていた。
「ねぇ 神父さんって お酒飲んじゃってもいいの・・」
ほんとに小さな声で耳元で直美に聞かれていた。
「たぶん、最初からじゃないと思うけど、今はたぶんきっといいはずだと思う。でも、あんまり飲む人っていないんじゃないかなぁ・・」
「そうなんだ・・で、喉かわいてたから、もう私のコップにビールないんだけど、おかわりしちゃってもいい・・・」
かわいい 笑顔だった。
横にあったビール瓶からめだたないように 彼女のコップにビールを注いであげた。
楽しいけど ちょっとなんか 変わった宴会が進んでいた。
「あ、劉さ、ノートとボールペンだしてよ」
「え、なんで・・」
「ま、いいからさ 早くってば・・」
言われてカバンからノートとボールペンを出して差し出した。
「さ、ここでいいかな。ここに きちんと今日の日付の3月29日って書いてね」
言われたページの直美が指した場所に「3月29日」って書いた。
書き終わると ノートを彼女にとられていた、一緒に取られたボールペンで直美は何かを書き込み始めていた。
「よし、じゃここに、名前を書いてね」
渡されたノートには日付の下にこう書かれていた
『二人で 素敵な教会で 愛を誓った日』
その下に名前を書き込んだ。
直美もその後に名前を書き込んでいた。
「これで、忘れないね 劉・・」
言い終わると、その なんもへんてつもないノートを直美は大事そうに胸に抱えていた。
彼女の頬は、またちょっと少しだけピンクに染まっていた。