恋の掟は春の空
主へのさらなるお願い
「さて、なら、いい機会ですよって、あんたらも誓い直しまっか・・。あんたら言うより、孝広さんですな。聖子さんにとっても耳いたい事ですよって我慢しいや。前々から言おう思ってましたんやが、やっぱり、言わせてもらいますわ。気持ち悪うてしゃあないよって」
叔父と叔母の名前を言いながら、変な関西弁が続いていた。
「あんさんなー、ここで神さんに22年前にきちんと誓いましたなぁ・・この聖子さんを生涯妻として、貞節を守るって・・どないや、それ、守ってますのか・・ついこないだも 若い女と付き合ってましたわなぁ・・今は、別れたみたいやけど・・なんでも知ってますでー わて 」
叔父さんは唖然としてステファン神父の顔を見ていた。叔母もいきなりだったのでびっくりしているようだった。
「それも、 そうやなぁ・・・ わてが知ってるだけでも3人目でっせ あんた・・」
叔母は恥ずかしそうに、叔父は、そりゃあ、困ったって顔をしていた。
「聖子さんはあんたに黙ってるみたいやけどな。 あんさん みーんなこの人知ってますわ。ぜーんぶ知ってってあんさんの事好きよって黙ってるんですわ。そないな人ですわ。この人は」
困った顔の叔父に向かってステファン神父は大きな声を響かせていた。
「ま、細かい事はいいよって、ほな、もう1回きちんと誓いますか・・前回の時は、わても朝から、腹が痛かったよってに神さんにお願いすんのたらんかったかもしれへんわ・・」
ステファン神父は、巨体を揺すって大笑いをしていた。
「さ、聖書に左手を差し伸べなさい」
肩を小さく丸めていた叔父は、小さく恥ずかしそうにうなづいて、叔母さんの手を取り分厚い聖書に手を置いていた。
「柏倉君も、直美さんも、証人として参加しなさい。そのまま座ってでよろしいですから」
二人で無言でうなづいていた。
「あんさん これも バチカン方面には内緒なことでっせ」
また変な関西弁で 若い神父に言い聞かせていた。
「では、誓いの言葉を述べなさい」
二人の顔を見つめてステファン神父は静かに語り始めた。
「孝広さん あなたは 聖子さんを一生涯、妻とし、幸いの時も、災いの時も豊かな時も、貧しい時も、健やかな時も、病める時も聖子さんを愛し、そして慰め、命の限り、真心を尽くす事を誓いますか・・」
「はい、誓います」
神妙な叔父だった
「聖子さん、あなたは 孝広さんを一生涯、夫とし、幸いの時も、災いの時も豊かな時も、貧しい時も、健やかな時も、病める時も孝広さんを愛し、そして慰め、命の限り、真心を尽くす事を誓いますか・・」
「はぃ。誓います」
静かな 誓いだった
「孝広さん、聖子さん あなた達は、これから真の結婚生活を共にし、常に愛しあい、安らぎを与え合い、尊敬し合い、貞節を硬く守る事を誓いますか・・」
「はい。誓います」
叔父さんも 叔母さんも恥ずかしそうだったけれど、はっきり力強い声だった。
「大丈夫でっしゃろな・・あんさん。あんさんが、あかんのやから・・」
ステファン神父は叔父さんに顔を近づけてにらみをきかせていた。
「はい すいません。誓います」
「あんさん、これで 誓いを破ったら、神さんのバチ当たりますよって、きいつけや。神さんがバチ与えん時は、わてが あんたにバチ当てますよって覚悟しときなはれや。なんせ、この聖子さんは生まれた時から知っとりますよって、かわいい娘みたいなもんやさかい、二度と泣かすようなことしたらわてが、承知しませんよってな・・」
身体を小さくして 叔父はひたすら頭を下げていた。
「さ、こっからが わての番ですな。なんせ前回の時は、体調悪かったよって・・・今日はがんばりますわ・・」
ステファン神父はキリスト像にきちんと向かい直しているようだった。
大きな声が聖堂内に響き渡りだしていた。
俺も直美も立ち上がることにした。
「天地の造り主なる神、私たち、今この兄弟と姉妹とが、主のみ前で改めて約束をしたことを感謝いたします。どうか、言葉をもって約束したことを誠実ならしめ、み教えに従って、主の豊かな恵みに答える者とならせてください。ここに形づくられる家庭を祝福し、教会の聖なる交わりにつらなり、互いに愛し、互いに仕えつつ、与えられた使命をまっとうすることを得させて下さい。私たちの主イエス・キリストのみ名によってお願いいたします。アーメン」
「アーメン」
みんなで神父に続いていた。
叔母は、また涙ぐんでいた。
叔父は 本当に恥ずかしそうだった。
「こんなんしたの ばれたら、わて、司祭クビですな・・」
ステファン神父は独り言のように 若い神父に話しかけていた。
若い神父さんは 本当に小さくうなづいていた。
「さ、ほなら めでたいよって歌でも歌いますか・・わて、こう見えても賛美歌歌うのじょうずですねん。ほれ あんさん はよオルガンひきなはれ」
「すいません 私 オルガン弾けないんです」
神父だからって全員オルガンが弾けるはずがなかった。
「あらー そりゃ あかんがな・・」
「私がお弾きしますよ。なにを歌いますか。ステファンさん」
叔母が答えていた。
「しっかし、花嫁さんに オルガン弾かせるなんて 前代未聞でっせ・・」
「結婚の誓いを2度もさせる神父さんも 前代未聞ですわ。そっちのほうが問題です」
叔母は、笑いながら神父に話していた。ちょっと少女のような笑顔に思えた。
「では、いつくしみ深きを・・お願いしましょうか 聖子さん。あんさんらも一緒に歌うんでっせ」
こっちを見て言われていた。
「あのー 歌えるんですけど・・すいません歌詞が・・ちょっと なんですけど・・・」
言い終えると若い神父が「こちらです」って歌詞を持ってきていた。
「私、これなら たぶん 歌える」
直美がうれしそうに言ってきた。
「うん。じゃあ よかった。一緒にね・・」
「それでは よろしいでしょうか」
叔母さんは言い終わると、オルガンを弾き出した。
夕暮れから夜になって ろうそくの灯りが綺麗に光る聖堂内に響きわたっていった。
「本当に、素敵な結婚式だね」
直美の声がオルガンの伴奏のなかで耳に届いていた。マリア様も本当に微笑んでいるようだった。
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いつくしみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いを
とり去りたもう
こころの嘆きを 包まず述べて
などかは下ろさぬ 負える重荷を
いつくしみ深き
友なるイエスは
われらの弱きを 知りて憐れむ
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて
慰めたもう
いつくしみ深き 友なるイエスは
かわらぬ愛もて 導きたもう
世の友われらを
棄て去るときも
祈りにこたえて 労りたまわん
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