恋の掟は春の空
ステファン神父のその想い
ステファン神父との祭壇前での記憶はあまりいいものばかりではなかった。
「ちょっと、あんた、こっちにいらっしゃい」
俺だけ手招きされて、祭壇の横に呼ばれていた。
「ちょっと、変なことききまっせ」
関西弁に戻っていたので、少しだけほっとしていた。
「なんでしょうか」
「で、夜はどうですの・・もう済みましたん、あんた」
耳元で聞かれていた。それも、とんでもないことを。
「よく、意味がわからないんですけど・・」
そりゃ、わかったけど、少しぼかして答えていた。
「なに、ゆうてますねん、あんさん。あのな、あのお嬢さんとは夜を共にしたんですか、って聞いてますねん」
本人は小さい声で喋ってるつもりだろうが、さっきより声が大きくなっていた。
「えっと、まだですが・・」
神父が少し微笑んだようだった。
「ほなら、間に合ったわ、ちょうどええわ」
なにを言われているかさっぱりだった。
「ほな 祭壇の前にいきなはれ」
言い終わるとステファン神父は祭壇の前に立っていた。あわてて、何もわからずに待っていた直美の横に戻ることにした。
「直美さん、あなたは横で聞いててくださいね。シメオン柏倉が誓いの言葉を述べます。直美さんはカトリック信者ではありませんから、お聞きになるだけでよろしいですよ」
ちょっとびっくりして神父を見上げていた。
何をいいだしたのかと思っていた。
直美は何を言われたのかわからないって顔だった。
「説明がたりないかな・・」
直美に聞いているようだった。
「カトリックでは、婚姻前の共なる生活も認めておりませんし、ましてや性交渉も認めておりません。それが教義です。ですが、常々思うことがあります。この教会で神と私の前で婚姻の誓いを立てて結婚する多くの信者さんの中で、本当にそのような方は、極々少数なことでしょう。今シメオンに聞きましたが、まだ、あなた方はそのような事はないと伺いました。ならば 婚姻の誓いではありませんが、共にこれから同じマンションで東京での生活を始める今こそが、今この時が、信者として愛するものへ愛の誓いを立てる本当の姿だと私は思います。シメオンにはあなたへの愛を、今ここで誓わせたいと思います。それが、この子に洗礼を施した者としての責務と思います。いいですねシメオン柏倉・・・」
とんでもない事を言われていた。
隣に立っていた若い神父も驚いてステファン神父を見ているようだった。
婚姻でもないのに愛の誓いをさせようとしていたのだから・・・。
「あんさん、びっくりしてますやろ、今の話はバチカンにも、日本の大司祭にも内緒の話しでっせ」
驚いている若い神父に言い聞かせていた。
「そないなことですから、直美さんは横で聞いててくれなはれ」
関西弁と標準語はどういう意味で使いわけてるのかさっぱりだった。
「あのうー 信者ではないと 誓えませんか・・」
直美が身長190cmのステファン神父の顔を見上げていた。
「そないなことは ありませんけど、直美さんも、なら、一緒に誓いますか・・そりゃ いいことですがな。素敵な事ですがな。神さんも喜びはるわ」
「では 私もご一緒させてください。劉、いいかなぁ」
言葉は出なかったけど、うんってうなずいていた。
「あんさん いい人、彼女ですなぁ」
巨体を揺らして、聖堂中に響く大きな声だった。
「では 始めます。私が述べる言葉に続きなさい。いいですね シメオン、直美さん」
ステファン神父は聖書を差し出した。
「さ、こちらに手を置きなさい」
分厚く大きな聖書の上に直美の手を置き、その上に自分の手を重ねていた。
直美の手は緊張で少しこわばっていた。
もちろん 久々の聖書に触れた俺の手はもっと緊張していた。
「では、私が証人に・・」
若い神父の静かな声が響いていた。