恋の掟は春の空
聖ラファエル教会の裏手に
扉の向こうは 綺麗な芝生の庭になっている。薔薇が多く植わっている庭だった。季節にはいろんな薔薇の花を見た記憶があった。
「ねぇ、どうして叔父さんの家と、この教会ってつながっているの・・」
当然の疑問だった。
「うんとね。ここは叔父さんの家っていうより、叔母さんの実家なのね。でね、この教会の土地はもともと叔母さんのご先祖の土地でね、教会を建てるときに寄付したらしいよ・・ずいぶん前の話らしいけど・・」
「へー ちょっとびっくり。すごい土地もってたんだねぇ。あの家も庭入れたらすごい広いけど、ここも広いよぉ・・」
「うんとね、この辺の大きな農家だったらしい・・あ、昔ね。江戸時代の頃の話ね。でね、たぶん もっと土地っていうか、畑なのかなぁ・・農地改革で取られてなければ、もっといっぱい土地はあったらしい・・庄屋さんみたいなものだったんじゃないか・きっと・・」
よく、細かい事はしらなかったけど、だいたい そんな感じのはずだった。
「へぇー それで、教会できる時に土地寄付かぁ・・・信者さんなんだ・・」
「うん。きっと この教会の1番初めの信者さんなんだと思う」
たぶん、きっとご先祖さまが この教会の最初の建物も建ててあげたんだろうなって思っていた。もちろん今の教会の建物はその当事のものではないけど。
よく遊んだ芝生は、こんな季節なのに、綺麗に手入れされていた。
「ちょっと、裏手の墓地に行って来るから、お散歩してていいよ・・」
教会の裏手に小さな墓地があるはずだった。
「それって、叔父さんと叔母さんのお子さんが眠ってるの・・」
声を出さずにうなづいて答えた。
「一緒に、お参りしてもいいかな・・」
小さな声で遠慮がちに直美が聞いてきた。
「うん、いいけど。 一緒に行ってみようか、じゃぁ・・」
彼女の右手を握り締めて裏手の小さな墓地に向かって歩き出した。
教会の裏手にはそれは小さな墓地があって、教会のほんとうの関係者だけの墓地だった。ごく一部の信者だけの墓地らしかった。
綺麗な植木に囲まれた墓地に入ると、正面が 詩音の眠るお墓だった。綺麗な十字架に名前と、閉じ込めた時間の時が刻まれていた。その前にお花が置かれていた。叔母が毎日置いてるのだろうかって思っていた。
「ここだね・・」
静かに目を閉じて、お祈りをささげた。きちんとしたクリスチャンのお祈りは忘れていたから、手を合わせるだけだった。
「ひさびさだね詩音。6年ぶりに会いにきたよ・・。昨日から東京で暮らす事になったよ。元気にしてるよ。隣に立ってるのがおれが今1番好きな女なんだ。かわいいか・・・家は近くだから、また、遊びに来るから、それまで待ってろ。じゃあな。」心の中でつぶやいていた。「おー」っていう詩音のなつかしい声が聞こえそうだった。
久しぶりだったのを許してくれただろうかって思っていた。
十字をきると 涙がこぼれていた。
直美も黙って横に立って一緒にお祈りをしてくれたようだった。
だまってハンカチを差し出してくれた。
「ちょっと、ごめんね・・」
言いながら恥ずかしかったので すこし彼女から離れて、涙を拭いていた。
彼女はおれを静かに見ていた。
「さ、教会の中にはいろうか・・綺麗だよ、ステンドグラスが・・」
少し大きな声で直美に話しかけた。
「うん、ありがとう。一緒にいくね」
右手を出して俺の左手をまた握り締めていた。さっきより、すこしだけしっかり握り締められていた。そんな気がした。
表にもどって大聖堂の大きな大きな木でできたドアを開けてみた。昔と変わらない光景が目に飛び込んできた。夕方だったから、ステンドグラスを通した光は注ぎ込んでいなかったけど、穏やかな電気に照らされた聖堂だった。
正面にキリストが遠くに見えた。
「わー 大きいねぇ ろうそくが綺麗・・」
祭壇にはろうそくが灯されていた。
真ん中の通路をまっすぐ祭壇に向かって歩き出していた。
彼女は高い天井を見上げていた。
「こんな 大きな教会って初めてはいった・・静かだねぇ」
確かに石の床の上を歩く二人の足音だけが響いていた。
右手のマリア像は そんな直美を見て穏やかに微笑んでいた。