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恋の掟は春の空

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洋館は 昔のままで


小田急線で「豪徳寺駅」へ、そこから世田谷線の「山下駅」から「松原駅」へと降りていた。
世田谷線はのんびりで、小さい頃叔父さんの家に遊びに来ると、良く乗った事を思い出していた。好きな電車だった。早い自転車より進むのが遅かったけれど。
「なんか 静かな住宅街だね。ここってお屋敷街なの・・」
「うーんとね 小さい頃はそうでもなかったんだけどね」
でも、ここに来るのは、ほぼ6年ぶりだった。
「もうすぐ、いって、ちょと右に曲がったところだから。すぐだから・」
よく、学校が休みだと泊りがけで遊びにきていた家だった。小学校6年生の夏までは。
「あー、あそこ なんか教会みたい・・屋根に十字架だもん・・」
「え、見える?」
「うん。ほら あの大きな木の向こうに・・」
久々に見る光景だったけど、なにも変わらないそのままの姿だった。
「えっとね、あの教会の隣だから、叔父さんの家」
「へーそうなんだ」
少し歩くと、もう教会のところまで来ていた。
「聖 ラファエル教会だって・・すごい大きな教会だね・・こんな所に・・」
入り口の看板を指して直美が口にしていた。
「うーんとね、なんかけっこう古いらしいよ・・」
「うーん。お庭もすごく綺麗だし、ステンドグラスもほら・・」
「うん。あとで 中に入って見せてもらえば・・」
言い終わると、叔父さんの家の玄関だった。

「わぁー ここも洋館だぁ・・素敵」
古い洋館造の家だったけど、たしかに素敵な家だった。6年前とそれはまったく変わっていなかった。真っ赤な素敵な屋根に風見鶏だった」

「いるかなぁ・・こんにちわー 叔母さんいますかぁ 柏倉ですけど・・」
ドアを勝手にあけていた。
「はーぃ。劉ちゃんかしらぁ」
奥のほうから 叔母さんの声が聞こえてきた。
「わ、緊張する」
隣で、背筋を伸ばして、まっすぐ立って直美が口にしていた。
「あらー 大きくなったわねぇ・・・さ、あがってちょうだい。あ、ごめんさい。直美さんだったかしら・・ほんとにかわいいのね・・いらっしゃい、あがってちょうだいね」
「初めまして、直美です。おじゃまします」
彼女はきちんと 挨拶をして頭も下げていた。
「しっかりしてるわねぇ。さ、古い家だけどあがってちょうだいね」
言いながらスリッパを出してくれた。
直美と一緒にあがることにした。
「かわいいって 言われた・・」
うれしそうに、小さな声で 直美に耳元でささやかれた。

通された部屋は 洋間の大きなリビングだった。
「さ、座ってね。いま、紅茶いれますからね・・」
言いながら奥のキッチンに叔母さんは向かっていた。
記憶にあった大きな綺麗な布地のソファーに座り込んだ。
6年も経っていたけど、ほとんど記憶のままだった。
「久しぶりなの?ここにくるの?」
「うん、小学6年生以来かなぁ・・ちょっとね、いろいろあって・・」
説明しづらい事だった。
「ふーん。でも、すごい家だね。なんかドラマに出てくる洋館そのままだよ・・」
「どれぐらい経つんだかは知らないんだけど、昭和の初期なのかなぁ・大正なのかなぁ・・」
言い終わると叔母さんが紅茶を持ってきていた。
「さ、どうぞ」
カップも高そうなものだった。
「あ、すいません 遅くなっちゃって、お土産です」
直美がさっき買った和菓子の包みを出していた。
「あらー もう 何もいらないのに・・」
「和菓子なので 早めに召し上がってください」
「じゃ、一緒にいただきましょう。日本茶に入れ替えるから・・」
席を立ちそうだった。
「いえ、大丈夫ですから。紅茶で大丈夫ですから」
あわてて、ちょっと叔母さんを引き止めた。

「そう、じゃお皿持ってくるからね。一緒にいただきましょう」そう言いなが叔母さんは席を立って、もどって来た時には小皿を手にしていた。
それから、お土産だったけれど、叔母さんと3人でそれを食べていた。直美は3個目のはずだったけど、おいしそうに、また食べていた。

「6年ぶりだわねー。あの子も生きていれば大学生になるのねぇ」
「そうですね。早いですねぇ」
あの事があってから、ここに来るのは遠慮していた。俺を見れば思い出すに決まっていたからだった。
「詩音が亡くなってから全然遊びに来ないし・・劉ちゃん・・」
「いろいろ、忙しくって、すいません」
ウソだった。遊びに来て、叔母さんの顔を見るのが辛い気がしていたからだった。叔母さんの記憶は「詩音のお別れの会」が最後だった。

「詩音」は 叔母さんの一人っ子で、俺と同い年で小学校6年生の夏休みに大きな道路の横断歩道ではねられて亡くなっていた。青信号だったのに・・。
「あとで、墓地に行ってみます。昔ここの庭から教会へいく扉があったような気がするんですけど、今でもありますか・・」
「ええ、何も変わってないわよ、昔のままよ・・・」
叔母さんは微笑んでたけど、少し昔を思い出しているようだった。
直美は静かに 話を聞いていた。

お茶を飲み終えて教会に行く事にした。
「叔母さん、じゃぁ 教会もひさしぶりなんで ちょっと行ってきます」
「そう、あの人ももうすぐ帰ってくると思うんだけど・・」
叔父さんはまだ 帰っていなかった。
「いえ、ゆっくり お散歩してきます。直美も一緒に行く?お庭綺麗だよ・・」
「うん。中にも入れるのかなぁ・・教会の中も見たいなぁ・・」
「聖堂も平気だと思うけど」
小さい頃、よく無断で遊んでたから きっと平気だと思った。
叔母さんに挨拶して、玄関をでて庭を回って教会に続いている扉の前に来ていた。
「聞きづらいんだけど、お子さん亡くなったの・・」
「うん。同い年だったんだけど、6年前に交通事故でね・・一人息子だったんだけどね・・そのお別れ会以来なんだよね ここに来るの・・ちょっと、来づらくてさ・・」
直美は静かにうなずいていた。

ゆっくり教会に続く鉄の扉に手をかけた。それは昔、詩音と教会で遊ぶ時に、よく開けた扉そのものだった。なにも変わっていなかった。
変わったのは、詩音とはこの扉を一緒に開けることはできなくなっていたことだけだった。詩音はもうずっと、この扉の向こうだった。

作品名:恋の掟は春の空 作家名:森脇劉生