恋の掟は春の空
小さな机とベッドだけの部屋
しばらくずっと、二人並んで積んであったダンボールを背もたれにして座っていた。
静かにキスをしていた。殺風景な部屋の中で、それはどんな光景だったんだろうか。
「毎日キスしてね 今日から 明日もあさってもね・・」
唇を離すと直美の口元がそう動いていた。まばたきで、「うん、ずっとね」って答えた。まばたきと優しく動いた口元で彼女も「うん」って答えを返した。抱き寄せた彼女の体は暖かく、彼女のセーターは天使の羽根のように優しかった。
「明日も大変だから、早めに今日は寝ようよ」
「うん。そうだね。ノートに明日買わなきゃいけないものを書かなきゃだね」
明日からいろんなことをがんばらないと、本当に大変そうな生活の始まりだった。そんなに寒くはなかったけれど、この部屋には暖房器具もないぐらいだったのだから。
「お風呂入れてくるね、あ、直美も一緒に操作覚えないとだからね。昼間に聞いておいたから・・スイッチはお風呂場の中にあるらしいよ」
「うん。いっしょにいく」
彼女とお風呂場に入って、説明どうりに動かして、それからまた直美に実際にさせてみた。湯船にお湯が溜まっていった。
「お湯が溜まるの待ってる間に、ノートに書いちゃおうよ、いろんなこと・・」
「うん。じゃ、机はあっちだから」
言いながら二人で机とベッドのある部屋に入った。そこは6畳ぐらいの部屋になっていた。
「ふーん これが劉の机と椅子かぁ。なんかドキドキするね」
彼女が椅子に座って、さっきのノートに買い物のリストを書き出していた。
後ろからそれを眺めながら、あいかわらず綺麗な字を書くなぁって思っていた、彼女の書く字はけっこう好きだった。
冷蔵庫にTVに洗濯機に、それから、棚も買わなきゃって思ってた。
綺麗な字できちんと直美はいろんなものを書いていた。途中で「他になにがいるんだろう」って聞かれたけど、「ハンガー」ってのぐらいしか浮かばなかった。「もー 男の子ってダメねー」って笑われていた。
「あー、なんかすごく いっぱいで いっぺんにはお買い物は無理だね、これ、ゆっくりでもいいのとすぐに必要なものを印でわけなきゃだね」
確かに覗き込むといろんなものが、いっぱいだった。
「うん。ゆっくりでいいものは、明日じゃなくてもいいよ。少しずつ買い物しよう」
「そっちのが 劉とお買い物楽しいからいいや。あっちこっちに振り回しちゃいそうだけど、いいかなぁ」
甘えた笑顔の直美だった。しばらくは時間があれば直美とお買い物が続きそうだった。
ベッドに横になって、明日は電気製品が先決だったから新宿だなぁって考えていた。
「あー ずるいなぁ もうー」
「あ、ちゃんと 考えてるってば・・・」
「もうー 私も疲れてるのに・・」
言いながら彼女も狭いベッドに横になった。
「はぃ、今度は劉が書きなさいよ」
寝転がっていたのにノートとボールペンを渡された。
「もう、おしまい、きょうは、もういいよ」
言いながら、ノートを横に置いて、彼女を抱きしめていた。
静かな静かな時間だった。心と心の時が流れていた。
気が付くとお風呂のお湯の湯船からあふれる音が響いた。
あわてて 蛇口を閉めていた。
「お風呂入っちゃう、先に直美が・・」
「うん そうする。あ、バスタオルはあるかなぁ」
「探してくるね。まっててね」
大体の想像はついてたので、それらしい箱の2個目でなんとか出てきた。
「はぃ、これね」
ベッドの部屋に戻るとパジャマと着替えと石鹸とかが入ってそうなポーチを抱えて直美は待っていた。
「ね、ドライヤーある?下にならあるんだけど」
「あるよー 入ってる間に出しておくから・・」
「じゃぁ 先に入っちゃうね・・ちゃんと起きてまってなさいよー 寝ちゃってたら怒るからねー」
「大丈夫だってば・・」
直美は なんかの歌を口ずさみながら風呂場に向かっていった。
ベッドに横になって、さっきのノートを見つめていた。
風呂場からもれる 水の音を聞いていると、なぜかとっても穏やかで心地よかった。このまま 寝てしまいそうだった。
「もー やっぱり 寝てたぁぁ」
頭をコツンって叩かれていた。
「ドライヤー、探してないでしょ まったくー 早く探してよぉ 風邪ひいちゃってもいいのぉ」
あせって飛び起きて隣の部屋のダンボールを開けたけど、なかなか出てこなくてあせっていた。やっと出てきたのは5個目の箱だった。
「あったー」
ちょっと大きな声を出していた
「早くしてぇー 」
戻ってドライヤーを手渡すと少し怒っていたので、逃げる事にした。
「風呂入っちゃうね」
「あー 逃げたぁ 劉ぅー」
後ろから 怒ってるような笑ってるような声とドライヤーの音が重なっていた。静かな部屋にはそれだけが響いていた。
バスルームには半年前の夏にも感じた甘い香りがいっぱいに広がっていた。
さっき、静かだけど 素敵だねって言った直美の言葉を思い出していた。