神待ち少女
部屋は思ったより狭かった。パソコンが一台あるだけ。部屋の仕切りも薄くて耳をすませば隣の音も聞こえそうだ。とりあえず、喉が渇いたから飲み物を取ってこよう。荷物を置いて、部屋を出ようとした。
すると同じタイミングで、隣の一番端の席からも人が出てきた。ふとそっちを向いたら、目が合ってしまった。
「ん?」
その女は私のことに気づいた。Tシャツとショートパンツというラフな格好だ。結構かわいい。化粧はまったくしてないが、整った顔立ちだった。顔の各パーツがはっきりとしていて、見栄えがいい。同い年かな?
「ちょっと、どうしたの?」
あ、やばい。つい立ち止まって、その子を見続けていた。
「何でもないです、すいません」
その場から立ち去ろうとした。
「あんた、いくつ?かわいいね」
「はい?」
話しかけられるとは、予想外だったから聞き返してしまった。あなたの方がかわいいって。
「そんなかわいい格好して、こんなところで何してるの?彼氏待ち?」
「いいえ、ちがいます」
確かに疑問に思うかもね。バッチリ決めた女の子がなんでこんなところにいるのか。でもあなたこそなんでいるの?
「えー違うの?じゃあなんでいるのさ?もしかして…」
まさかこうも一方的に話しかけられるとは思わなかった。同い年くらいの女だから話しかけてきたのかな?
「神待ち?」
神待ち?知らない単語が飛び出してきた。神っていうからには、なんかいいことなんだろう。最近の若者の新しい遊びですか?流行ってるの?
「神待ち?なんですか、それ?」
「えー知らないの?最近ニュースとかでもやってるじゃない」
ニュースになるほど大人気なのか。それは社会現象だな。で、発信地がここ新宿ってわけ?
「簡単に言えば、未成年の援交もどきかな」
「え、援交!?」
さっきまでの想像とはかけ離れた言葉が出てきて、驚いた。
「あのさ、立ち話もなんだし、部屋入ろうよ」
「え、あ、どうも」
なんかうまく口車に乗せられた感じだ。まぁ悪い人ではないみたい。きっとね。
彼女が入っていた部屋にお邪魔させてもらう。二人で入るには少し窮屈だが、仕方ない。
「いやー、あんた見たときね、めっちゃかわいいな!って思って、でもなんでこんなところにいるんだろうとも思ったんだよ。それじゃあもしかすると神待ちでもしてるんかなぁって思ったわけだよ。私とおんなじにおいがした」
さっきにも増して一方的に話してるよね。私は、あなたが自分と何か類似点があるようには見えなかったけど。
「なんかね、苦労してる感じが伝わってきたんだよ。目を見ればわかるよ。今こうやって見てると、寂しそうな目をしてるなって」
「そんなことないですよ」
「そう?まぁあんま詮索する気はないけど。あんた16、7くらいでしょ?」
年齢のことだろう。こともなげに当てられてしまった。私って年相応の出で立ちをしてるみたいだ。
小さく頷いた。
「やっぱりね。私は17。別にタメ口でも構わないよ。女同士だし」
17か。見た目通りだが、話してる印象だともっと年上に感じた。なんか落ち着いている。キャピキャピした感じがあまりしない。うちの学校の先輩にはこんな人はあまり見かけない。要するに大人っぽい。
「せっかくだから、これも何かの縁だし、名前教えてよ」
こういうときって、本名を言っていいのだろうか。でも嘘を言ったところで何もないし。大丈夫かな。まだ私は彼女に心を開いてないようだ。
「朝倉七海、です」
どこにもアクセントをつけずに言った。少しぎこちない感じになってしまった。
「へー、名前もかわいらしいね。私の名前は、後藤雫」
雫。雫さんか。なんかミステリアスな響きだ。
「よろしくね」
軽く会釈をして、手を差し出してきた。握手を求めてきたので、私も手を差し出す。
見た目のクールで強そうなイメージとは裏腹に、握った手は細く、少し力を入れたら折れてしまうんじゃないかと思うくらい弱弱しかった。
そして、吸い込まれるくらい白い。怪しい白さだ。女の私でも惹かれるものがあった。
雫さんは手を離し、髪を指で分けた。そのしぐさに、おもわずドキッとしてしまった。
「とりあえず自己紹介もしたし、次は何を話そうか?そうだ最初の質問。なんでここにいるの?神待ちじゃないんでしょ」
「あの、さっきから言っている神待ちとは?」
「あぁ、神待ち知らないんだよね。ごめんごめん」
「神待ちっていうのは、さっきも言ったとおり未成年の援交もどきなの。何らかしらの理由で家出した女の子が、ネット上の掲示板サイトで、ご飯を奢ってくれたり泊めてくれる男、すなわち「神様」を募集し、神様が現れるのを待つことよ」
なるほど。だいたいわかった。ずいぶんとわけありな神様だ。
「家出した女の子は、友達の家だとすぐにバレるし、外にいると補導されちゃうし、ネットカフェはずっといると金がかかるから、ご飯を奢ってもらったり泊めてもらう代わりに、ね。」
言わなくてもわかるでしょって感じに苦笑いした。
「それで、新宿、渋谷のネットカフェで深夜ひたすらメール打ってる子は、大抵神待ちしてる子だね。ネットカフェって個室だから、そういうのに向いてるんだよね」
怖いなネットカフェ。個室ゆえにそういう人がいることもあるんだ。