神待ち少女
私はバスローブに着替えて、バスルームを出た。
シャワーを浴びている間、いろいろと考えた。『あぁは言っているけど、少しでも隙を見せたら押し倒されるかもしれない』、『実はいい人で、私に同情してくれたのしれない』、『もしかしたら、キャッチの人で、風俗の仕事の勧誘かも』――いろいろな憶測が浮かんでは、消えていった。
「コーヒーをいれたんだ、飲むかい?」
「いただきます」
コーヒーカップをテーブルの上に置く。
「もう少し君のことが知りたい」
彼はメガネを掛けなおして言った。
「なら、あなたから質問してください」
熱っ、思ったよりコーヒーが熱くて、テーブルに戻した。
「そうだねぇ、君は今高校生だけど一人で暮らしている。お金に困っていないの?」
「そりゃ、困ってますよ。所在のわからない母から仕送りは来ますけど、それだけじゃ大変です」
「だよね、だから女性無料のオフ会に来たと言ってたしね」
「はい」
「そこで1つ提案があるんだが、僕の知り合いに『セキレイの会』というサークルの会員がいるんだ。そのサークルが主催してるパーティがあるんだが、それは君みたいに身寄りのない子だったり家出した子を援助しているそうだ」
「『セキレイの会』…」
「そのパーティに行ってみたらどうだい?」
彼は一枚の名刺を出した。
「これは?」
「それが僕の知り合い。彼からの紹介だと言えば、参加できると思う」
「真島賢一さん…」
私は名刺に目を通した。どうやら、真島賢一は会社の代表取締役のようだ。ずいぶんとお偉いさんみたいね。
「…その『セキレイの会』についてもっと詳しく教えてください」
この人が善意で言っているのかどうかはわからない。でも、『セキレイの会』なるものが本当に存在するなら、私にとっていい話かもしれない。今日みたいに誰が来るかわからないオフ会に参加するより、ちゃんとした会員のいるパーティに参加するほうが安全だろう。
「気になるのかい?じゃあ教えるよ。パーティは、主に池袋でやってて、金曜日の夜から始まる。会員からの紹介ならお金はとらないそうだ。まぁ僕に聞くより、真島に聞いたほうがいいだろう」
「はい、わかりました。…他には?」
「ん?僕から言えることは特にないかな、そんなに興味あるなら名刺に電話番号あるから電話してみたら?」
「そうじゃなくて、そのサークルのことを教えるためだけにホテルに連れ込んだんですか?」
彼の目的は他にあるはずだ。サークルのことを教えるだけなら、ホテルには連れ込まないでしょう。
「あぁ、そういことか。そうだねぇ、さっきも言ったとおり、本当に2人になりたかっただけだよ。オフ会にいたときと同じように接して欲しいな」
彼は、あくまで下心はないとでも言っているのか。言っていることと、やっていることが合っていない。
「さっきは本の話をしたよね…音楽は何を聴く?」
ホテルに来てこんな話をするの?この男、本当に気まぐれなの?
「そうですね、最近の邦楽はあまり好きになれないですね。西野カナとかは特に」
「やっぱりそうか。君、変わってるもん。昔の曲のほうが好き?」
「別に変じゃないですよ。古いからいいというわけじゃなくて、たまたまいいと思ったのが少し古かっただけです。邦楽だったら、中島みゆきとか好きですね。洋楽だったら、ミシェル・ブランチとか…」
「なるほど、ミシェル・ブランチは僕も好きだな。そろそろニューアルバムを出して欲しいよね」
「ずっと待ってるんですけどね…」
「メタルとかは聴かないの?僕、メタルが大好物なんだ」
「メタルはあまり興味ないですね。なんかどれも似通ってる気がして」
「そっか、僕はNWOBHM辺りが特に好きなんだけどな…」
「そうですか、アイアン・メイデンくらいしか知らないですね」
「実質まだ活動してるのはアイアン・メイデンだけだから、それだけで十分だよ」
柊は、全部知ってるのかな。彼女はもちろん音楽もとてつもなく詳しい。なんだかんだいって、アニソンが一番好きらしい。
「まぁでもなんだかんだいって、一番はビートルズかな、うん」
「ビートルズを知らない人はいないですからね。私も好きです。私は、ジョン・レノン派です」
「僕もジョン・レノン派だ!愛を歌わせたら、ジョンの右に出る者はいないからね!」
「そうですよね。本当に彼は感情豊かだと思います」
普通に趣味の話をしていて、ホテルにいることを忘れてしまう。いつになったら夜は明けるのだろう…。