神待ち少女
私の家族はいなくなった。いや、違う。
『いなくなった』と言うと、最初は『いた』のではないかと思ってしまうが、始めから『いなかった』。要するに、『存在していなかった』。
両親はいつもケンカをしていて、父さんが一方的に母さんを責め立てていた。私の入る余地はなかった。
だが、母さんは決して父さんを悪く言わなかった。『パパはね、私のことを本当は愛してるんだよ。ただ、それをうまく伝えられないだけ』。そう言っていたのをよく覚えている。
一般的に家庭内暴力を働く夫をDVと呼ぶだろうが、私の家族の場合は、暴力の矛先にある妻がそれを認めなかった。彼女はDVを受けているとは感じていなかったのだ。そう感じたら、家族が終わると思っていたのだろう。
両親とも、私には興味をあまり示さなかった。人並み程度に接するぐらい。普通に育てられた。私は、文句を言わなかった。言っても無駄だと思ってたし、言ったら迷惑なんじゃないかとも思って我慢していた。
家族との思い出はほとんどない。旅行とかに行ったことはないし、学校の行事に来てくれたこともない。
そんな3人を繋ぎ止めるのが、さっき彼も言っていた、血縁だ。血が繋がっているから、一緒に暮らしている。ただそれだけ。
そうだと思っていたが、母さんと父さんには他に繋ぎ止めるものがあった。それは、私にはなかったものだ。
それは、愛だった。どんなに歪んでいても、それは愛と呼ばれるものだろう。さっきも言ったが、母さんは父さんのことを悪くいったことはなかった。それはやはり愛していたからだろう。
父親も同じだった。どんなに母親を虐めても、最後には慰め、笑顔を見せていた。2人とも、お互いをよく理解していた。どんなことがあっても、2人は離れないとでもいった感じだった。
その輪の中には、私はいなかったのだ。2人は、2人のことしか考えていなかった。それが全てだったのだ。
私が高1のとき、父さんが出て行った。理由は、知らない。教えてくれなかった。
それから、しばらくは母さんと私、2人暮らしをしていた。その頃の母さんは、特に前と変わらなかった。ただ、寂しそうだった。
ある日、家に帰って留守電を見ると私の知らない番号がいくつもあった。母さんにそれを尋ねたところ、このときも何も教えてはくれなかった。
またある日、母さんは外出していたので、私が電話に出た。すると、
「結子、俺だ。元気か?俺はまぁまぁ元気だ。やっと仕事が板についてきたよ。…て、おい、聞いてるのか?」
私はそのまま受話器を戻してしまった。
「母さん、父さんから電話きたよ」
何気ないような感じで母さんに言った。
「え!?なんだって?」
「元気にしてるって」
「そう、それならよかったわ」
「…ねえ…いい加減教えてよ…」
「…あなたに話すべきことではないわ。心配しなくて大丈夫よ…」
母さんは断固として詳細を教えてくれなかった。