神待ち少女
「おっと、もうこんな時間か」
「え?」
彼は会話の途中で、ふと腕時計に目をやってそう言った。
「もう1時過ぎだ。終電はもう終わった。たぶん他の方たちは朝までここにいるんだろうな」
私は周りを見渡した。若干人は減ったが、盛り上がりに変わりはなかった。だが、少し変わっている点を発見した。美香さんと弘樹さんがいなくなっていた。2人でいなくなった――つまりお持ち帰りしたのか、あるいはされたのか。そんなことを想像してしまった。
「七海ちゃんは帰らなくてよかったの?お家近いの?」
彼は心配そうに聞いてきた。
「あぁ、いいんです。特に帰っても帰らなくても支障はないので」
「そうなの?1人暮らしなんだ」
「ま、まぁ一応…」
実際それに近いから、嘘ではない。
「そっか。20歳で1人暮らしなんて、偉いね」
「いやいや、それほどでも」
軽く手を振りながら言ってみた。
「1人暮らしかー、初めて1人暮らししたときは感動だったな。いろいろ大変だったけど、いい経験だったなって今は思う。なんだかんだいって、1人だとなんでもできていいよ」
「ご結婚は?」
「してないよ。まだする気はないな。もう少し遊んでいたい」
「どういう意味ですか?」
わざと聞いてみた。
「ははっ、別にいやらしい意味じゃないよ。まだ家族の時間とかじゃなくて、自分の時間を大切にしたいからだよ」
「なるほど。かっこよく聞こえますね」
「聞こえはいいだろうね。まぁ実際のところは、縁談なんてまったくないんだよ」
彼は笑いながら言った。
「そもそも僕は家族を作って、うまくやっていく自信がないんだ」
彼の顔が少し真顔になった。憂いを帯びた感じ。
「なぜですか?」
「僕の両親は早くから離婚しちゃってね。僕は遠い親戚に預けられたんだ。でも、そこでもあんまりうまくいかなかった。だからさ、わかんないだよね、家族ってどんなものか。僕の見てきた家族はみんな、いがみ合ってたから」
私は何にも言えなかった。感情移入してしまったのだろうか。私も家族に関してはうまくいっていないから。
「家族ってさ、血が繋がった間柄の集まりでしょ。結局はそれだけ。みんな他人なんだよね。家族だからわかりあえるとか、家族だから助け合おうとか言うけど、それは理由になんないと思う。家族だからこうしなきゃいけないっていうのがわからない。僕の親はしてくれなかった、僕の親であることに変わりないのに…」
彼は私の目を見て、ゆっくりと話していた。彼の言っていることは、正しくはない。間違っているわけでもない。私は、ただ、家族とは、親愛に値するものたちの集まりだと思う。血縁は目でみてわかる、家族の裏づけでしかないと思う。私の家族はどうだった…?
「…ごめんね、なんかつまらない話しちゃって。長くならないうちに終わらせようか」
「いえ、大丈夫です。少し考えさせられるものがありました」
「そうかい、それならよかった」
「私…」
「うん?なんだい?」
彼の話を聞いて、心動かされたことは認めよう。自分の境遇に近いことを知って、親近感とは少し違うが、何か特別なものを感じた。感じてしまった。そんな思いによって、私の心はさらに突き動かされた。
「私も…家族がいません」