神待ち少女
「君は1人で来たの?」
グラスに2度口をつけてから、彼は言った。
「そうですね。1次会からいました」
口からストローを取って答えた。
「1次会からか。どう?楽しんでる?」
「まぁまぁです。実は、オフ会に参加するの今回が初めてなんですよ」
「そうなんだ!初めてのオフ会の感想は?」
彼は積極的に話を振ってくる。1次会のときとは、少し違う。1対1だしね。
「思ったよりも自由な感じですね。特に縛りはなくて、みんな自由に飲んで、会話を楽しんでる」
「確かに。比較的落ち着いた感じだ」
彼は頷きながら答えた。
「仕事帰りの人とか多いし、ゆっくり酒を飲みたいんだろう」
彼はもう1杯目のグラスを飲みきりそうだった。
「お仕事は何を?」
「僕かい?僕は、デザイナーさ」
「デザイナーですか。何をデザインしてるんですか?」
「インテリアだよ。家具とか照明器具とか、あとは建物の構成とか…」
へぇー、それはすごい。センスが問われる仕事ね。ちょっとかっこいいかも。
「ところで、名前は?」
「あぁ、朝倉七海です」
「僕は元木晃。よろしく」
そう言って、手を差し出す。
「…よろしく」
私は少し遠慮がちに握手をした。握手をしてるときは目線を逸らしていた。
「もう1杯飲むかい?」
「ええ、いただきます」
そういって彼にグラスを渡す。
「どうぞ」
グラスを手渡しされる。
「えー、七海ちゃんはハタチか。どこの大学に通ってるの?」
今度は私が質問に答える番か。何と答えようか?
「名前を言ってもたぶんわからないと思います。まぁ東京の端っこにある大学です」
一応実名を出すのは控えよう。
「そうか。専門学校?」
「いや、違います。文学部です」
「文学部か。専攻は?」
結構詳しく聞いてくるなぁ。別にどうでもよくないか?
「えー、国文学科です」
少し流すような感じで言ってしまった。まったくのでたらめだが、特に気にせずさらっと言えていた。ここまで平然と言えた自分に少し驚いた。
「うんうん。国文学科か。読書は好き?」
彼は腕を組みなおした。
「そうですね。国文学科を選ぶくらいですから、ある程度本には接していないと」
「そうだよね。僕も読書は好きだよ。外国の作家の本も読む。フィリップ・ロスとかドン・デリーロ、エルフリーデ・イェリネク、知ってるかな?」
「確かドン・デリーロは『リブラ 時の秤』の作者で、エルフリーデ・イェリネクは『ピアニスト』の作者でしたよね?フィリップ・ロスは聞いたことありますけど、読んだことはないです」
「すごいなぁ!ほんとに読書好きなんだね!普通知らないよ」
まぁ普通読まないよね。何度も言うが、柊はすごい。だいたい彼女に薦められた本を読む。
「やっぱね、強いメッセージ性だったり、辛辣な批判の入った作品が好きだな。ただの純愛小説とかパターンの決められた携帯小説は、心に響かないんだよね。最近流行ってるけど」
「それは、わかるような気がします。そういう意図的に作られた『いい話』を読んでも、『それで?』っていう感じがしますね」
これは本当の気持ちだった。共感するかどうかは別としても、面白みを感じることはあまりない。
「そうだよね。何か、七海ちゃんとは気が合いそうだな」
彼は、ははっと笑いながら言った。
「ほんと意外だな。見るからに現代っ子に見えるんだけど、ちょっと違う」
「よく言われますね」
髪を分けながら言った。今日何度目だよ、こんなこと言われるの。