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手首が飛んでしまう話。

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 これはきっと、僕が毎日馬鹿みたく、この間接を回したり外したりしていたせいで、最初の頃に引っ掛かっていたこわばりが無くなってしまったのだろうと気づいたのだ――教師や同級生には本当の馬鹿で通っていた僕にも、流石にそれくらいの知恵はあったのだ。
 僕は、そこまで毎日、こんな事を繰り返していた自分に呆れると共に、何とも言えない感心を覚えた。
 あの感心は……何といえばいいのだろう。時間の流れを見た感慨とも、自分がそうした仕組みを知った感動というだろうか。とにかくそうしたものに酔いしれて、まじまじと数十分、人形のふくふくしたがらんどうの手足を、右や左に捻ったり回したりし続けた。
 そして、傾いた日が、血のような赤い色を帯びて、縁側から入り込んだ時だった、ふと、希代の発明や発見のように、僕の頭にある考えが浮かんだのだ。
「もしや、僕の右手も、一度ストンと手首から落として繋げれば、間接が上手く噛み合って言う事を聞くようになるんじゃないかしらん」と。
 そしてそれは、暮れていく夕日に、まるで同じ色の竈の炎で鍋の中身を煮るように煮詰めると、日の暮れ方に比例して、益々良い考えのように思えてきた。
 今おもうとその時の僕は、自分が初めて自分でした発見に、酔いしれていたきらいもあるのかの知れません。
 また、もう一度繋いだ所で、もしも今まで通りでも、この、何時になっても僕の言う事を聞かない強情な手首も、いちど暖かな身体を離れて、冷たい畳の上に一人ぼっちにされれば、いい加減思い知るかもしれない。
 幼児の淺知恵ながら、考えれば考えるほど、それは自分にとっても他人にとっても、良いことのように思えて来た。
 しかし、するならばすぐに行なわねば、そろそろねえやがおやつの盆を下げにやってくる時間である。
 さて、どうしようか。流石に人間は人形よりも丈夫であるのだから、棒や鉛筆で打った所で、手首がぽろりと取れるということはないだろう。
 これは日を改めて、土間や納屋から肉切り包丁なり鉈なりを持って来ねばいけないだろうか、そう思った時、もう落ちようというしている夕日の最後の閃光が薪のように畳を焼き、垣根ごしにテーブルの茶色いニスの上を、廊下に向かうふすまに向かって一直線に撫でた。
 その時、広げたノートの横で、きらりと光ったものがあった。そう、それは、僕の鉛筆をいつもぼこぼこに削り落とす、あの、肥後の守だった。
 今日もまた、鉛筆がちびてしまった為に、削ろうと構えたのはいいのだが、醜くぼこぼこになって、すぐに諦めてそのまま放っておいたのである。
 当時の僕の性格を考えるなら、普通、小さいとはいえ、刃物を抜き身のままに放っておくということは、絶対にしなかっただろう。しかし、その日は、抜き身のままそこにあった。
 そして、その肥後の守と横に並べて置かれたぼこぼこの鉛筆を見たとたん、今まで溜めに溜めていた、右手への怒りが、僕の頭の芯をカッと冒した。
 そうだ、大の大人の手首や首ならともかく、僕のような小僧っ子の手など、この肥後の守で叩けば、刀を鞘から抜くように簡単に抜けてしまうに決まっている。
 この右手のせいで僕が今までにたたえて来たみじめさのうち、ほんの僅か一部でも、身体を離れたこの手が味わうならそれが本望というものさ。
 そう心が決まった時には、僕の左の手には、肥後の守の鞘の冷たい感触がもう収まっていて、遠くからねえやのものらしい、軽い衣擦れと足音が聞こえた。
 しかし、思い立ってしまってはそんな事には構ってはいられず、薄暗い部屋の中で俺は、刃先がシャツの肩に当たるくらいまで左手を振り上げて、テーブルの上に置いた右手の上に向かって、一気に振り下ろしたのだ。