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真っ赤な昼、ホットケーキの蜜

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 その言葉があまりにも可笑しくて、俺は声を立てて笑った。
「何で笑うんですか」
 頬を膨らませ、カンナが少し不機嫌に云う。そんな姿がまるで子供なのだから、笑いが収まらなかった。
「二十四のガキが、何云ってるんだよ」
 俺はもう一度カウンターに入り、冷蔵庫からお茶のボトルを取り出した。蓋を開け、そのままラッパ飲みする。
「私のこと、子供だと思いますか?」
 俺はカンナの方を見た。その顔は、とても真面目だ。
「あぁ、子供だよ。少なくとも、もうすぐ四十路のおっさんから見れば、十分ガキだな」
「ふーん」と、頬杖を付いてカンナが云う。
 店の常連客にも女はいるが、二十代は少ない。いないこともないが、大抵が二十代後半の三十路手前ばかりだ。そのせいもあるかもしれないが、やはり二十代前半のカンナは子供っぽく見えてしまうものだ。
 すっかりふてくされてしまったカンナを宥めるように、俺は口を開いた。
「何でわかる気がするんだよ?」
「えっ」と、カンナがぼんやり口を開く。その少しだけ開かれた赤く艶の良い唇が少し色っぽくて、俺は一瞬どきりとした。
「何が?」
「何がって、おまえが云ったんだろ?夜に身を隠したい気持ちがわかるって」
 適当な返事かよと、俺は思わず苦笑した。だがカンナは、「あぁ」と納得するように頷いた。
「眩しい光に溢れた世界は、なんとなく居辛いから」
 そう淡々と云うと、カンナはグラスを傾けた。
「居辛い?おまえ、まさに光に溢れた青春真っ盛りだろ」
 笑って俺が云うと、カンナがじっと俺の目を見た。その目があまりにも冷めたものだったから、俺は少したじろいだ。
「人の道はいつからか二本の分かれ道になってると思うんです。日向のように明るい道と、日陰のように暗い道。知らず知らずのうちに、人はどちらかの道を歩いてる。私は、日陰の道を歩いてるんです」
 神妙な面持ちで、カンナが云う。その言葉の意味がよくわからず、俺は「なんだって?」と箸を止め、聞き返した。
「つまり、悲観的なんです、いろんなことに。あたしはあたし自身が好きじゃないし、だから、ひっそりと身を潜めてるくらいが丁度いいんです」
 カンナが、こんなにも冷めた様子でいるのを初めて見たような気がする。いつも常連客らに混じって飲んでいるカンナには、とても軽快で大口を開けて笑っているようなイメージしかない。それだけに、その妙に淡々とした様子に、違和感を感じずにはいられなかった。
「…何かあったのか?」
 思わず眉をひそめ、俺は聞いた。
「何で?」
「何でって、おまえらしくないし」
「あたしらしいって、何ですか?」
 質問をしてみれば、質問で返してくる。それも、そこに愛想の一つもない。少し酔っているのか、それとも故意的になのか、少し据わった目で遠くを見ている。こんなにも厄介な女だったろうかと、俺は頭を抱える思いだった。若い女は、何にでもきゃっきゃとはしゃぐから、嫌いではないが面倒だと思う。だが、今のカンナはそういう類いではないものの、そこらの少し歳のいった女たちよりも変に冷徹で厄介だと感じた。
「明るくて、いつも笑顔で」
「それが、あたしなんでしょうか」
 カンナは一気にグラスの液体を飲み干すと、「おかわり」とグラスを差し出した。薄暗い照明でよくはわからないが、ほんのりと頬が赤らんでいるように見える。俺は立ち上がり、再びカウンターに入った。
 カンナが鞄から煙草のケースを取り出し、そのうちの一本を引き抜いて火を付けた。最初にカンナが煙草を吸うと知ったときは、その場にいた連中共々に驚いたものだ。カンナにはあまり煙草は似合わない。
 俺も一本吸おうとジーパンのポケットから煙草ケースを取り出したが、中は空だった。
「一本くれないか?」
 俺はカンナに云った。カンナは煙草ケースから煙草を取り出すと思ったが、そうではなく、こともあろうか自分が口にくわえていたものを手に取り、何でもないように「はい」と差し出した。
「…おぉ、サンキュー」
 少し躊躇いがちにそれを受け取る。その吸い口には、あの唇と同じ赤い口紅が少し付いていた。
 動揺する心を抑え、俺はそれを口にした。そんな俺を見て、カンナが悪戯っぽく笑った。
「間接キッス」
「…あのなぁ」
 思わず苦笑する。だが、カンナに一瞬でも動揺した心を見透かされたようで、少し恥ずかしくなった。
 カンナは煙草ケースからもう一本煙草を取り出し口にくわえると、それに火を付けた。深く吸い込み、煙を吐き出す横顔は、薄暗いベールを纏っているように見えた。
「なんか、空きっ腹にお酒飲んじゃうと、酔い回りますね」
 カンナが口を尖らせるようにして云った。
「牛丼、少しやろうか?」
 そうは云ったが、覗き込んだ容器にはもう殆ど中身は残っていない。それを見て、「いや、何か作ってもいいけど」と訂正した。
「ホットケーキ、食べたい」
「ホットケーキ?」
 突拍子もない言葉に、俺は思わず顔をしかめた。
「そんなもん、あるはずねぇだろ?喫茶店じゃないんだぞ、ここ」
 呆れたように俺が云うと、カンナは少し頬を膨らませたが、すぐに思いついたように口を開いた。
「じゃぁ、材料買ってくる。作ってもいいですか?」
「わざわざ買ってくるのか?」
「ダメ?」
 カンナが覗き込むようにして、俺を見た。その顔は、先ほどまでとは打って変わった普段のカンナのそれで、俺は思わず呆気に取られたが、曖昧に頷いた。
「…べつにいいけど」
「じゃぁ、そこのスーパーで買ってきます」
 カンナは財布だけを手に取り立ち上がると、また器用に五十センチほどの小さな隙間を、まるでアスレチックでも楽しんでいるかのようにするりとくぐり抜け、外に出て行った。
 正直な感想を云えば、面倒な客が来たもんだと思った。まだ、何かを作ってくれと云われる方が楽なものだ。それを、自分で材料を買ってくるから作ってもいいかと聞くのだ。それなら自分の家で作れよと思うのだが、変に調子の違うカンナの様子に、そんな軽口も叩けなかった。もしかしたら、昨日砂原と寝てしまい、その気を紛らわせたいだけなのかもしれない。
 俺は残りの牛丼を食べようかと迷ったが、カンナが作るホットケーキを食べることになるだろうと考え、結局そのまま蓋を閉めてダストに投げ入れた。
 カンナは、十五分ほど経って戻ってきた。だが、その姿に、俺は唖然とせずにはいられなかった。
 カンナがまた、器用にシャッターをくぐってくる。だが、問題はその両手にぶらさげた袋だ。
「おい、おまえ、買い過ぎじゃねぇの?」
 カンナは大きな袋を計四つも抱えていた。それらを「よいっしょ」とカウンターに載せる。
「あーぁ、外は暑いですねぇ」
 そう云ってハンカチで仰ぐカンナを横目に見る。白いトップスが汗ばんで肌に貼り付き、下に身につけている黒のブラジャーがうっすらと透けて見える。思わずよからぬ思いに囚われそうになり、俺は慌てて目を逸らした。
「…てか、どんだけ買ってくるんだよ」