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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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「全く…高校三年生にもなって、ありえないですよ、こんなじゃれ合い。」
 こっちが考えてることと全く同じ突っ込みを女子生徒はした。まぁ端から見れば幼稚そのものだし、誰が突っ込んでも同じ内容にはなるか。
「いやいや幼稚って、わたしゃー関節の研究はかなりしてるぜ?」
「そっちじゃねーよ!いや知ってるよ!滅茶苦茶痛いし!」
 まあそりゃ、痛いだろうなぁ。
「そうですよ。秋本君はいいとして、いい歳した女性がこんな幼稚な遊びをするもんじゃありませんっ。もっとおしとやかにしないと。」
「え?俺への心配とかはないの?」
「はいよー、染崎委員長。」
 委員長。そう、今しがた教室に入ってきた眼鏡の女子生徒は我がクラス委員長、染崎明日香である。
 成績優秀、品行方正、公明正大と三拍子揃った文字通りの優等生。見た目も委員長宜しく、眼鏡に三つ編みときたものだ。花笠カオリと違って制服のスカートの丈も普通だ。まぁこれは花笠さんの長さが特殊なだけか。
 成績は常に全教科トップクラス。全国模試もトップクラス。その成績を鼻にかけない性格。委員長という役職を嫌な顔一つせず請け負う責任感。ついでに生徒会副会長もこなす万能美人。学年では知らない人間は居ないと言う有名人だ。
 当然遅刻は絶対にしない。しないが、何故彼女が僕らよりも遅く教室に入ったかと言うと、生徒会は毎日校門で登校した生徒達に挨拶兼、身体検査を行っているからだ。染崎明日香は今日がその当番だったということだ。そういうわけで、僕らは事前に校門で挨拶はすませてある。そんな彼女が教室に戻ってきたということが意味することは一つだろう。
「ほら、二人とももうすぐチャイム鳴っちゃうんだから、席に着きなさいっ。」
「うーっす。」
「え、本当に俺の心配はしてくれないの…?」
 哀れ大輔。
「そうね、花笠さんが本気じゃなかったとはいえ、冷やすくらいはした方がいいかも。」
「本気じゃなかったんだ。完全に極ってるように見えたけど。」
 割と本気だと思っていた僕。そう呟いてしまった。
「まぁそりゃ私が本気出したらマジで折れるし。」
「本気出さなくて良かった!完全に極ってなくて良かった!」
「いや、関節自体は極ってたんだけど。」
 やっぱ極ってたんだ。あれ。
「でも心配だわ。」
 そっと、染崎が優しい言葉を漏らした。慈悲ある委員長生徒会副会長のお言葉に大輔はじーんときている。
「花笠さんの将来…あの調子でいいお嫁さんになれるのかしら…。」
「俺への心配は!?」
 ていうか、お嫁さんって。
 男の子ならそれくらい我慢出来るでしょう、とたしなめられる大輔。品行方正で公明正大なのだが、どこかちょっとズレたところがある。それが我がクラス委員長で、我が学校の誇る生徒会副会長、それが染崎明日香だ。
 染崎の魂の色は——と、ホームルームの時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
「ほら、皆席に着いた着いたっ。」
 委員長が生徒達に着席を促す。これまでの花笠さんと大輔の戯れという名のプロレスを観ていた生徒達も足早に自分の席に着こうとする。
 僕の席は右側、窓際の一番後ろだ。良いポジションである。授業に飽きたら外のグラウンドも見れるし、ウチのクラスの生徒全員の魂の色が見れるので、表情が見えなくてもある程度感情が分かると言う面白ポジションだ。
 席に着き、前の女の子に挨拶をする。
「五条さんおはよう。」
「おはよう、青原くん。」
 気のない返事だった。
「今日は早かったの?」
「私、何時も一番早く登校するの。」
 素っ気ない返事だった。彼女は何時も何を考えているか分からない。分からないからこそ、僕は彼女に興味津々なわけだが。
 実際彼女の直ぐ近くの席になったと知った時、内心ではかなり舞い上がっていたはずだ。内心では。外に出さないのは、あまり変な勘違いをされたくないからだ。
 五条五月。僕の前の席の女の子。
 登校時間は最速と言える程早く、教室には常に彼女が先に居た。
 彼女は多くを話したがらない。何時も下を向き、伸びた前髪が目元を隠して目線を感じさせない。前髪よりも更に長く伸ばした後ろ髪は一種人形のようなたたずまいを想起させる。近寄り難い、内気な少女だった。虐められているというわけではない。近寄り難い雰囲気はそのまま、いじめっ子も近寄らせない為のフィルターのようにも思える。ただ、委員長たる染崎さんはそんな雰囲気を無視して何度も彼女に話し掛ける。友達が居ないからとか、近寄り難い雰囲気があるから近寄らないとか、彼女にはそんなこと関係ない。元ヤンの花笠さんにも臆することなく話し掛ける。彼女に取って元ヤンもネクラ少女も等しくクラスメイトでしかないのだろう。
 ……ネクラは言い過ぎか。
 ともかくも、五条五月は内気で無口な女の子だ。
 そんな子に、僕は興味が津々なわけだが。本当に勘違いをされたくないので言っておくと、別に好きだとか告白だとか、そういう意味じゃない。断じてだ。こう否定ばかりすると逆に自分の首を吊め上げかねないのでここまでにしよう。僕は彼女の色に興味があるのだ。色と言ってしまえば、染崎さんもそうなんだが。まぁ五条さんは前の席になってしまったから、こんなにも興味が出てしまうのだろう。偶然というやつだ。
 ガラガラと、教室の扉が開く音がした。担任がホームルームにやってきた。いつものジャージと太った腹を見せ、いつも通りの濁声で挨拶をし、ホームルームを始める。その前に、出席を取る。
 体育の教師っぽく、元気一杯に出席を取り始める。
「じゃあ出席取るぞー。青原ー。」
 「あお」原という名字より先に叫ぶ名字は十七年生きてて見当たったことがなかった。
「はい。」
 元気一杯な担任に比べ、とても適当な返しだった。
 返事をしたあと、教室を見渡す。本当に色んな色がある。色々、まさしく魂の色を表す言葉だった。
 しかしその中で、異様ともいえる色がある。二人も。
 異様、というのは、つまり、僕が十七年生きてきて殆ど見たことがない色だ。カードゲームでキラキラ光る強力なカードを、手に入れたような感覚。十円玉の中から、側面にギザギザがついた、通称ギザ十を見つけたような感覚。
 希有な色。赤。
 赤い魂の色をしている人は、今までに殆ど見たことがなかった。それなのに、この教室には赤が、しかも二人も居る。
 染崎明日香と五条五月。
 赤い色の、希有な女性達だった。