【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
「いよぅ雪人!」
「おはよう、大輔。」
いつも通りの色、いつも通りの挨拶。教室内もいつもの通り。
「今日は機嫌良さそうだな。何か良いことでもあったか?」
「うぉう!流石は青原大先生!聞いてくれ、昨日ゲーセンで十三連勝したのよ十三連勝!」
「僕の記録には二十と六勝足りないな。」
「おい待て、その内の二十勝くらいは俺と信二クンとのガチ対戦込みだろぉ?セコい、その計算はセコいぜ先生。俺らそのゲーム持ってないのによぉ〜?」
「言っておくけど挑み続けたのはお前らだからな。てかそれ差し引いても三勝足りてないぞ。」
さっきまで明るかった大輔の色がだんだんと暗くなっていった。ちょっといじり過ぎたか…。と、そこへ話を聞いていたのか谷川信二がやってきた。
「秋本の十三連勝の内、五連勝くらいは僕とガチった分だよね。」
「うおーい!信二クン!いらないことはばらさないデクダサイ?」
「その後僕が十六連勝したよね。」
「だから余計なことは言うなっつの!」
コイツら、秋本大輔と谷川信二はまあ、旧友というか親友というか、良く付き合っている部類というか。そんなやつらだ。
「お前らどこのゲーセンで遊んでたんだ?まさか若木町じゃないよな?」
「あン?そうだけど。ここいらで1クレ五〇円ってあそこの駅前しかないじゃん。」
ここいらって言う程の近い距離でもないと思うが。
「お前ら夜な夜な連続殺人が起きてるっていうのに怖いもの知らずだな…。どうするんだ?いきなり襲われてバラバラ死体にされたら。」
「おいおいおい、例の殺人姫のこと?俺らなら多分大丈夫だぜ。七時頃には帰ったしな。」
「七時頃に帰れば安全だって根拠がどこにあるんだ。」
「根拠は無いけどさ…青原知らないのか?今までの事件は全部九時以降に起きてるんだよ。」
なんだそりゃ、言った通り根拠になりゃしないな。
「起きたっていうか、死体が発見されたのが九時以降なだけじゃないのか。」
「厳密にはそう言うね。」
「えぇい、雪人ぉ!お前は一々心配し・過・ぎ。犯人は女性だっていうじゃん?さすがに育ち盛りな青少年を襲わないだろうし、襲ったとしても俺はかなり抵抗するゼ?」
「まあ、確かにお前みたく身長一八五センチメートル越えの男を襲おうとは思わんわな。」
巨漢とは言えないが、大輔の身長はかなり高い。その上茶髪にピアスとヤンキーの条件は揃っていなくもない。コイツを襲うには女性には荷の重い仕事だろう。
「殺人姫…ねぇ。」
ネットではその話題で持ち切りだ。ここ数日の連続殺人事件は女性が行っているという噂が流れ出してから殺人犯を「殺人姫」などと名付け神格化、お祭り騒ぎだ。
「ホントに女性に出来るもんなのかね。」
「何辛気くさい顔で話してんだよ!」
と、誰かが大輔の背中をバーンといういい音を鳴らして叩いた。
「うぎゃ!ってー痛えー!何すんだよ花笠!」
大輔はすかさず後ろにいた『花笠』に返した。
「いやいや、男同士でなんか辛気くせぇー顔で内輪話してると混ざりたくなるジャン?年頃の娘っことしてはさぁ。」
「別に辛気くさくねーよ!あと、年頃の娘関係ねーからそれ。ただ俺の背中叩きたかっただけだろ。」
「そんなことはねーよ。てかアレだろ、連続殺人事件について話してたんだろ。実は聞いてましたー。」
この実に騒がしい長身で金色の長髪の女性は花笠カオリという名の女性だ。いつも通り金属バットをバットバッグに入れて持ち歩いている。魂の色は橙色、まぁオレンジだ。その色も、いつも通り。
「確かに事件のことは話していたね。こんなこと女性に出来るのかってね。」
大輔のいう通り、僕たちはそんなに辛気くさい顔をしていたとは思えない。谷川はいつも通りニコニコしながら喋っているし、大輔自身も無駄なオーバーアクションで辛気くささは微塵も感じられない。彼らの色からも辛気くささは感じられない。落ち込んだりテンションが下がったりすると色は総じて暗くなったり黒くなったりする。そんな色の変化は感じられなかった。
つまり辛気くさいというのは花笠カオリによる全くの捏ち上げだということだ。
「昨日のはなんだっけ?バラバラにして突き刺しあったっつったっけ?世には酷いことする女もいたもんだよ全く。」
「朝から人の背中をドラム代わりに叩く奴は酷くねーのか。」
「アタシのそれと殺人姫のそれを一緒にするなよなー。全くアキモトは酷い奴だ。」
大輔はともかく朝からヤンキー風味の男子の背中から気持ちのいい音を鳴らすのは酷い気がしないでもない。そう考えていると大輔が顔を近づけ小さい声で僕と谷川に話し掛け始めた。
「てか花笠なら四肢切断とか出来るんじゃね?アイツの力は凄いもんだぜ。」
「いやぁ無理だろ、流石に元レディースといえどさ。」
そう、秋本大輔をヤンキー風味というなら花笠カオリは元レディースである。つまり正真正銘のヤンキーだったということだ。小学生の頃から地元の曰く付きのグループに所属し、中学中期までは二輪でぶいぶい言わしてたとか、今までに四人は殺したことがあるとか、五回以上は警察に捕まったとか色々噂がある。
本人はこれらの噂を肯定もしないし否定もしない。「噂だからどうだっていい。」らしい。しかし元ヤンキーであることは自分から言いだしたことで、これに関しては本当のことだ。
彼女がいつも持っているバットは族に所属していたときから持っていたとか。本人は愛刀と呼んでいる。刀じゃないけど。
そんな理由で花笠カオリは複数の人から元レディースということで怖がられている。180に近い長身に校則を余裕で破っている髪の色と長さ、眉毛もないに等しく、スカートも足首まである。常に持ち歩いているバットが恐怖を増幅させる。
確かに見た目は完全にヤンキーなのだが、話してみるとそんなに怖くない。サバサバした性格と話し方で男子としても非常に話しやすいし、割合面倒見もいいので女子からも好かれている。無論彼女と接触したことのある者に限るが。それに直ぐに暴力に走るようなそんな野蛮な人でもない。バットを持ち歩いているのはやはり愛刀なので肌身離さず持ちたいというのと、単純に野球が好きだから、らしい。
「アキモトにアオハラー、聞こえてるぞー?」
「聞こえているなら知ってるよね。今コイツ花笠さんの悪口言ってたよ。」
「おい雪人おまっ…。」
「ハイ、アキモト君私刑ね。君の右足を貰おうか。」
「ちょ…サブミッションはやめて痛いから。」
…ちょっとは野蛮かもしれない。傍からみて高校三年生とは思えない会話と行為だ。子供過ぎる。
「こらっ。君たち、教室で関節技ごっこをするとは何事ですかっ。」
と、今しがた教室に入ってきた眼鏡の女子生徒にたしなめられる花笠さん。
「いや、ごっこじゃねーから!完全に極ってるからこれ!痛い痛い痛い!」
右足の膝が曲がってはいけない方向に曲がりかけてる。哀れ大輔。
「なおさら止めなさい。教室で人に関節技なんて極めていいわけないでしょう花笠さんっ。」
「ん?おお分かった分かった。」
花笠カオリはすぐさま関節技を解いた。高校三年生ではありえない幼稚なじゃれ合いは、今しがた教室に入った女子生徒によって解決の目を見た。
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた