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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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「結婚しようっ!」







 ん、あれ、なんか五条さん苦笑いしてないか…?あんまり説明したくはなかったが、これは詳しい説明を入れないと彼女が理解出来ていないのかもしれない。
「えーっと、ですね、つまり僕が収入を稼げば、五条さんは家事をすればいいし、名字も変われば家系に縛られることもないんじゃない、かな…。一人で生きることもないし、その内、『牙』が活かせるような他の仕事が見つかるかも…よ…………。」
 何か凄く恥ずかしくなってきた。何だこの空気。五条さんは机に肩肘立てて頭抱えてるし。僕はいつの間にか片膝で立ってるし。熱弁を振るおうといつの間にか目線が高いところに遭った。その高さも、この空気の中では寒いだけで…
「えっと、こんな策なんですけど、どうでしょうか、五月さん。」
 どさくさに紛れて名前で呼んでみる。
「それは、プロポーズ?」
 …そうだね、プロポーズだ。プロポーズ、プロポーズ。改めてプロポーズという単語を聞くと余計恥ずかしくなってきた。こういう、殺人者を改めさせる為のプロポーズなんて、人類史上初なんじゃないだろうか。それを喜ぶべきなのか、恥ずべきなのか。まぁ喜ぶべきではないだろう。
「それは、私に同情してのプロポーズなの?」
「馬鹿言え、さっきも言ったろ、僕は君のことが好きなんだって。五条五月のことが好きなんだ。好きだからこそ、こういう発想になったんだよ。同情とか、更正させる意味も無くもないけど、でもそれ以上に君が好きなんだよ!好きだ、大好きだ!」
 今更弁解しても遅いような気もするが、プロポーズの為に事前に告白したし、それが打算であっても僕が彼女のことを好きであるのは紛れも無く事実だ。
 で、五条さんは照れてるのか呆れてるのか色々混ざった苦い表情で口をモゴモゴしていた。
「なるほどね。収入は他の人に、任せるということね。ところで、雪人くん。仕事のアテは、あるのかしら?」
 何気に下の名前で呼んでいるし。なんだか気持ちがいいぞ。
「それはだから、ど、同棲している間に君の『牙』を活かせるような、」
「私じゃなくて、あなたの、仕事。」
 僕、僕の仕事は、
「まだ、解らないな。大学受験をするつもりは無いから、卒業をしたら直ぐに仕事を始める。何をやるか、何が出来るか、僕には解らないが、自分と君を、養えるだけの収入を必ず得る。」
「何も、決まっていないじゃない。机上の空論だわ。収入を得られるかどうか解らないけれど、結婚しよう、だなんて言われても、頷けると思う?」
 それは、無理だろう。こんな社会の「し」の字も知らない人間に、先程告白されてプロポーズを受けて、収入を得られるかどうか解りません、なんて言われて、受ける奴はいないだろう。一緒に住むであろう人間がなんのビジョンも持っていない人間などと結婚したいと思う人の方が稀だ。そう言っている本人である僕も、そう言われたら断る。
「無理、と言われているのは解っているよ。だから、君にはもう少し、待っていて欲しい。少なくとも僕の仕事が決まるまでは、待っていて欲しいんだ。」
「待ってる間は、私にどうしろというの?その間は、私の『仕事』をするなというの?それは、無理よ。餓死しちゃうもの。」
「その前に一つ、僕は君のすべてを受け入れると言った。異常な力も、異常な家系も、異常な過去も、全て受け入れる。全部認める。だけど、だけど僕は、君の罪は受け入れない。」
 ぴくり、と彼女は反応した。瞬間、僕は寒気を感じた。
「…罪を受け入れるかどうかは、それは僕が決めることじゃない。それは司法が、社会が決めることだ。僕には君の罪を受け入れる権利が無い。何人もの人を殺してきた過去を、僕は受け入れよう。だが、何人もの人を殺した罪を、僕は受け入れない。」
「それは、私に、捕まれと言っているの?」
「そうだ。いい加減、こんな歪な生き方を止めるんだ。人殺しで成り立つ生活なぞ、君には似合わない。今までの罪を清算しろ、そうでないとやり直せない。僕は君の過去を受け入れる。それはつまり、過去の人殺しを受け入れるのと同義だ。過去を隠し、無かったかのように生活するのはしない。それは、君を受け入れていないも同然だ。だから、君は罪を償うんだ。」
「私に、自首しろと?」
「そうだ。一体何人、君が殺したのかは解らないが、依頼人がいる殺人なら、そこまで厳しい刑罰にはならない、と思う。懲役何年か、四、五年くらいじゃなかろうか、その間に僕は仕事を見つけて収入を得て、貯金していよう。二人で暮らせるだけの額を。」
「呆れた、具体的な計画なんて、何も無いのね。そんなので、私が自首すると思う?」
「思わない。思わないけど、残念ながら君は今日、ここで警察に捕まる。」
「………。」
 僕はポケットから携帯電話を取り出して彼女に見せた。
「僕の携帯電話は今、知り合いの警察の人と繋がっていてね、今までの会話は全部、だだ漏れなんだ。」
 先程感じた寒気が、より強くなった気がした。彼女の眼は見開いていた。あの時と同じ、小動物を威嚇する目つき。ビビるな、青原雪人。
「まぁ、ポケットに入れてたから、相当聞き辛いとは思うけどね。けど音声は記録として残せる。君は人殺しの罪を暴露した、その記録は君では消せない。諦めて、罪を償うんだ。さっきの台詞を言ったら、警察がここに来る算段になってる。マンションの周りで待機していた人たちはすぐさま駆けつけてくるよ。二分もかからないだろうね。」

「本当、勝手な人。」

 彼女がそう言うや否や、僕の足は血を噴き出していた。両足の太もも肉を一気に引きちぎられた。
 痛みを感じないほど、一瞬の間に————

「っづ」
 叫ぶ前に、次の一撃が膝に入る。彼女の右手は僕の左膝の半分を容易に持ってゆき————
「っだあああああぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
 一瞬で歩行不能になった。五条さんは僕を突き飛ばして倒す。立ち上がれない。血が止まらない。
「っぐ、うううううううううううううううううう」
「そんな不確実な話に、乗れると思う?他の町に行って名前を変えて暮らした方が、まだ生きてゆけるわ。音声はしょうがないとして、この話を聞いていて、そして顔を知っているのはあなただけよね、青原くん。」
 五条さんは動けない僕に馬乗りになった。重しがかかったことで損傷部から更に血が噴き出した。
「がああっ!ぐっ」
「死んでもらうしか無いかな。私、本当に雪人君のこと、好きだったのに。しょうがないな。」
 それは、嬉しいな。
「じゃあ、さようなら。ごめんね。。」
 彼女は、僕を殺す気だ。ある程度、こうなることは予想がついていた。彼女が僕の提案を、受け入れてくれないこと。
 ああ、やはり違うな、青原雪人と五条五月は。似ているところは似ているから、結婚出来れば、それなりにいい相性で暮らせると思ったんだけどなぁ。そんなに都合良くはいかないか。
 彼女の手が僕の喉に伸びている。まずは足を潰し、逃げられないようにして、次に喉を潰し、悲鳴を封じてから殺すのだろう。よく考えている。やはり彼女は生粋の『殺人姫』なのだ。