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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 子供の頃の彼女が、少年法とか、『牙』による殺人であることが露見する可能性の低さとか、そんな難しい判断が出来るとは思えない。判断が出来たとして、それでもやはり通報するリスクは、通報しないことに比べて極めて高いと判断出来るはずだ。
 だから、それは違う。そんな損得勘定ではなく、五条さんは、単純な恐れ、根源的恐怖を抱いたから、とっさに通報してしまったんだ。僕が瞬間的に自傷行為を働いたように、彼女は警察を呼び出す事で自分の罪をその場で清算しようとしたのだ。しかし、どう考えても六歳ぽっちの少女に人が殺せると、警察が考えるわけもない。そしてまた、僕のように、人殺しの罪を課されることなかった。
「僕にはわかるよ。五条さんと、僕が体験してきたことは、とても似ている。僕の場合は、つい最近のことだけど、最近だからこそよく解る、よく覚えている。本当は、君は、人を殺すことに罪悪感を、感じているはずだ。少なくとも昔は、感じていたはずだ。何も悩むことはないなんて、そんなの嘘だ。ただの強がりだ。」
 そうやって一人で悩んでいたのも、僕と似ているのだ。
「否、一人で悩んでしまうのは、仕方のないことかもしれない。でも、誰か一人くらい、」
 せめて好きな人くらいには、
「話をしてみたって、いいんじゃないのか。」

 いつの間にか、膝で立って演説していた。湯気が出ていた紅茶は冷めきっていた。五条さんは既に紅茶を飲み終え、ティーカップを両手で抱え、ティーカップの底に視線を落としていた。
「青原くんと、私が、似ているって、私はそうは、思わない。」
 視線を落としながら、彼女はそう言った。
「そうね、確かに、細部だけを照らし合わせれば、あるいは似ているのかもしれないけど、それは態々似ている部分を探し出して、無理矢理似せているだけよ。猫とライオンを照らし合わせて、牙は似ている、肉食なのも似ている、目つきが似ている、似ている部分だけ抽出すれば、それは似ているでしょう。同じネコ科だもの。でも、猫とライオンは、全然違う。咬筋力も、食事量も、規模が違うのよ。」
 それは、解る。似ているということは、それはつまり似ているだけの別物なのだ。似ているということはつまり、それとそれは別物なのであるということ。
 当たり前だ、いくら僕が、僕と五条さんは似ていると言っても、名前も違うし性別も違う人間を同じだ、等とは言うまいよ。
「そうだよ、僕と君では全く違う。生き方も、生まれも、性別も、体の構成も、成績も、人柄も、性格も、価値観も、異能も、全部違う。」
「そう、違うのよ。青原くんは、どうやったのかは知らないけど、人を殺したのはつい最近みたいなこと、言っていたわね。私はもう十二年前から殺人者を、やっているのよ。細部は似ているかもしれないけど、私とあなたは、違うの。全然違う。」
 その通りだ。全く違う。僕らはこんなにも似ているのに、決定的なまでに差異がある。人殺しの家系に生まれ、人外の異能を持ち、家から出ず、母親から愛されず、親を亡くし、殺し、施設で暮らし、一人で暮らし、人殺しで生きてきた。僕はどうだ?極々普通の中流階級、一般家庭に生まれ、兄弟はいないが両の親と祖父がおり、育てられ、食べるに困らず、なんの苦労もなく生きてきた。この眼以外は、実に普通。眼だって、今でこそ何時人を殺してしまうか解らない、爆弾みたいな眼だが、それまではなんの実害もない、人の魂の色が見えるだけの、大したことのない眼だ。五条五月と青原雪人では、その歩んできた十七年以上の人生はあまりにも違いすぎる。
「そうだ、僕らには埋め難き差がある。」
 故に僕は、その差を埋めにきたのだ。
「君は僕に似ているが、僕は君とは違う。五条さんと僕では、十七年間人間をやって来たその内容が余りにも違いすぎる。でも解る、人を殺したことの罪悪感、自分が死んでしまうことへの恐怖、五条さんも感じたはずだ。だから知りたい、君のことを。僕が受けたものと同じ体験を、十二年もの昔に受けた五条五月のことを、知りたい。」
「知りたいと言われも、さっき話した通りよ。母が死んだら、施設に入れられて、出た後は一人で暮らす為に…」
「そこ、そこだよ。何で君は、誰にも悩みを打ち明けなかったんだ。」
「悩み、なんて」
「母親を殺してしまった悩みじゃなくてもいい、何でその、君の異能の話を、誰かに話さなかったんだ?誰かに話せば、態々人殺しをするような生活になんて、ならなくて済んだかもしれないのに、誰かに相談すれば、人を殺して生きる以外の道も、もしかすると見つけられたのかもしれないのに、何故隠したんだ?」
「話せると、思う?この力を、他人に話したいと思う?無理よ、聞いてしまったら、誰だって気持ち悪がって、近づきたくなくなるわ。まぁ、話さなくても、誰も近づいては来なかったけれど、話してしまったら、私の居場所はいよいよ無くなってしまうわ。」
 それはそうだ。自分の体が握りつぶされてしまうと考える人がいてもおかしくはないだろう。避けられるのが嫌で、話したがらない、その気持ちもよく解る。それもまた、僕と似ている。事実僕は、今まで認色の眼について誰かに話したことは一度もない。そんな僕が、言えた義理ではないかもしれないが、それでも、
「それでも、話して、受け入れてくれる人を探すべきなんじゃないのか。百人くらいに打ち明ければ、もしかしたら一人くらいは君のことを避けずに、受け入れてくれる人だっているかもしれない。君は誰にも、話したことがないんだろう?誰にも受け入れられないなんて、やってみないと判らないじゃないか。もしかすると居るかもしれない、その一人を捜すのを、君は放棄していたんだ。諦めるな、なんて根性論を言うつもりはな
いよ。でもせめて、一人で悩むのは止めてくれ。」
「こんな、異常な力、誰が受け入れるというの?」
「僕だ、僕が受け入れる、僕は五条さんを避けたりしない。君の全てを受け入れよう。」
「何でそんなに、私に拘るの?」
 放っておいてくれて良いのに、などと五条五月は言う。そんなことを言うな。

「僕が、君を、五条五月のことを、好きだからだ。」
 好きな人が苦しんでいて、何とも思わない奴がこの世の何処に居る?
「君が、好きなんだよ。君のことなら何でも受け入れる。その異能も、生まれも、僕は何でも受け入れる、認める。」
「………それって、告白?」
 僕は全力でうなずいた。五回くらい首を縦に振った。
 溜め息をついた後、五条さんは黙って、何かを考えているようだった。なんだかんだ言った挙げ句の、愛の告白だ。そりゃあ考えることもあるだろう。そもそもこのタイミングで告白をしたことにあきれているのかもしれないが、まぁそんなことはないと信じたい。
「私のことを、好きと言ってくれた、それについては、ありがとう、嬉しいわ。私も、青原くんのこと、好きよ。受け入れてくれると言うのなら、聞かせてもらおうかしら。青原くんは、私の生き方を、どう思うのか、どうしたいのか。聞くと言うのなら、ちゃんと答えてくれるわよね?」
 相思相愛が確認されたが、それを喜ぶ雰囲気じゃない。
 僕は彼女の生き方を、どう思うのか。