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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 禾役一族の詳しい歴史は本人もよく知らない。何時からか顕現したその異常な握力は普通の生活が出来るような異能ではない。禾役家は早々と普通の生活を諦めた。人里を離れ、多くの木が生い茂るとある小山へ居を移す。中腹には何故か洋館があり、先住民は何やらオカルト溢れる研究をしていたようだ。それを殺して住居を奪い取った。奪った住居は不思議なもので、他の人間がこの洋館に訪れる事はまずない。人避けのまじないでもかかってあるのか、先住民のオカルト呪術はもしかすると本物だったのかもしれない。
 人の寄り付かない洋館に隠れ住み、時たま山を登る人間を殺す…現代の人喰い獣は剥ぎ取った肉は現場周辺に、乱雑に捨ててあるだけだが、大昔の禾役一族はその剥ぎ取った肉を、本当に喰らっていた。ある意味で、本物の人喰い獣だったわけだ。
 そうやって人肉で飢えを凌いでいるうち、人間の遺体だらけになったこの山は屍肉を喰らう烏で溢れ、流れ出た血で山道を赤く染めた。
 この地が赤坂と呼ばれた頃から人喰い獣の噂が広まり、山に登るものはめっきり減った。ある日、何やら豪華な着物を着た団体さんがこの山を訪れた。十人を超える団体を食事の為に襲うのはいささかリスクが大きい。当時の禾役は無視しようとしたが、団体は誰にも見つかる事のなかった洋館を山狩りで見つけたのだった。今までの非人道的行為が露見したらただじゃ済まないだろう。そう思いある程度の覚悟をいていたのだが、彼らは何も人喰い獣を退治しにきたわけではなかった。否、そうだったのだが、彼らの気が変わったのだ。
 団体のなかで最も偉そうな男は人喰い獣の噂を聞き、物珍しきその獣を捕獲しようと思案し、団体でこの山を視察に来たところだったのだ。大人数で来れば教われる心配はなく、また仮に襲われても誰かが喰われている間に逃げ仰せる事が出来るという算段だ。周りの屈強そうな男達はその一人の偉そうな男の護衛だった。
 が、人喰い獣など存在せず、山狩りで見つかったのは洋館に済む禾役と言う女一人だったのだ。獣を捕獲することは望めなくなったが、代わりに良い事を思いついた。
 禾役は彼から人殺しの依頼を請け負う事となった。その異常な握力による殺害は獣の仕業にしか思えない。誰も彼女を疑う事は出来ない。そして彼女達の存在は誰も知らない。殺し屋となるには十分すぎる条件が揃っていた。彼女は報酬につられ、人殺しの依頼を受け続けた。殺人の報酬に食物が支給されるので、禾役は人肉を食す必要がなくなり、彼女は純粋に人殺しだけを続けた。人を殺す事だけで生活を成り立たせた。
 男からの紹介で、他の依頼人も出来た。紹介は更なる紹介を増やし、赤坂町の獣は裏の世界で名の知られる殺し屋となった。
 その後、幾つもの世代を経て近代に至る頃、禾役に殺人の依頼が来る事が少なくなった。彼女達の殺害方法は非常にずさんで、確かにおよそ人間に出来るような殺人ではないとはいえ、死体の処理が余りにもお粗末だったのだ。山を登る人間が少ないとはいえ、殺害現場を見られる事も多く、口封じにまた一人殺すことまであった。警察も科学捜査を取り入れ、禾役の存在も露見する可能性が高くなった頃、依頼は更に少なくなった。禾役は人殺しだけで生活する事が出来なくなった。彼女は下界で、何らかの副業をするようになった。副業と、殺しを繰り返す、歪な生活。

 禾役メイは禾役家の娘として生まれ、幼き頃から母親の陽子にその異常握力、禾役家内では「牙」と称するその異能のコントロールを叩き込まれた。家から出る事はない、ただひたすら訓練するだけの日々だった。彼女には淳という兄がいたが、彼は母親の訓練を受ける事はなかった。そもそも彼は部屋の外に出たりせず、ずーっと洋館の中で暮らしていた。何故だか陽子は淳という息子の存在が気に喰わないようで、育児にしろ、食事にしろ、常に彼をないがしろにしていた。
 妹のメイの方に愛情を注いでいたかというと、別段そう言うわけではない。淳よりもまし、という程度だ。しかし陽子はメイに対しても、次第にないがしろにしてゆき、それどころか憎悪を抱いていたような、そんな恐ろしい表情も時折見せた。
 陽子は毎夜、夫の五条雅弘と汚い口喧嘩をしていたらしい。雅弘は陽子と違い、二人の我が子に愛情を持って接していた。
 メイに憎しみの感情を見せるようになってから、陽子は無差別な殺人をし始めた。いつかの夜の両親の口喧嘩で、「腹いせ」とか「私よりあの子達の方が大事なんでしょう」とか、そんな単語が聞こえた。
 ある日、玄関ホールでお気に入りのテディ・ベアで遊ぶメイは、階段を下りてくる血にまみれた陽子の姿を見た。
「お母さん、どうしたの?」
「ああ、勢い余って、お父さんを殺しちゃったぁ。あとついでに淳も殺しちゃった。」
「お父さんを、お兄ちゃんを、ころした、の?」

『ころすって、なんだろう。』

「雅弘はあたしよりもあんた達の方が愛おしいみたいだったから、私を愛してくれないのならもう要らないわ。淳はそもそも生きている事がおかしいのよ。男が生まれたら殺さなくちゃならないのに、雅弘がどうしてもっていうから生かしたのに、結局邪魔なだけだったわ。」
「おとこは、ころすの?」
「そうよ、前にそう教えたでしょう!ああ、イライラするっ、大体あんたも!あんたなんか生まれたから!雅弘があたしの事を愛してくれなくなったのよ!私はこんな家系どうだっていいの!最初から子供なんて欲しくなかったのよ!あんたの養育費を稼ぐ為に教師の仕事を続けてるのに、もう台無し。あんたがいなくなれば、殺しだけに専念出来るかも。だから、あんたも、死になさい。」
『しぬ、しぬってなんだろう。あんたも、わたしも。しぬってなんだっけ。ころすってなんだっけ。ああおもいだした。手でぎゅっとにぎると、しぬんだよね。しぬともう、うごかなくなっちゃうんだよね。すごくいたいって、いたいのやだなぁ。』
 母親の血に染まった「牙」が娘の首に伸びた。首に指が届けば、幼い少女の首は一瞬で潰れるだろう。

 しかし、陽子の「牙」がメイの喉笛を噛みちぎろうとするその瞬間に、彼女の牙は無くなっていた。

「え?」

 指を、失っていた。指の付け根だったところから勢いよく血が噴き出す。
 彼女の指は、娘の手の中でくしゃり、と音を立てて肉片に変わった。

「うあっがああああああああああああああああああああああぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああああ」

 指がなければ異常な握力を発揮する事も出来ない。禾役陽子はまさしく、牙の抜けた獣の状態だった。

「あたし、いたいのはいや。だからころされるの、いや。」

 少女の眼は真っ直ぐ、母親を捕えていた。あの黒い、吸い込まれるような、人外の眼。

「わたしがしぬくらいなら、おまえがしね。」