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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 内部は暗く、陽光の入らない烏山の森と違い、風の通りが悪いのか異常に蒸し暑い。シャツのボタンを一つ外した。視界は良好とはいえない。入り口付近に電灯のスイッチは無いかと、開けたドアから入る光で探った。スイッチは見つかったが、上げても下げても反応がない。あぁ、電気が通ってないのか。十年以上放置されて電気が通っている方がおかしいだろう。というか電線は見えなかったが、一体何処から電気を供給していたのだろうか。
 こんな事だろうと思い、懐中電灯は用意してある。スイッチを入れて点灯する。
 吹き抜けの玄関ホールには複雑な幾何学模様をあしらったペルシャ産のような絨毯がしいてあり、その絨毯は黒く変色した血で染まっていた。死体があった場所がそこらしい。白線で当時の現場を容易に想像する事が出来る。
 周りを見渡す。右手の壁際に、小さな棚に写真立てと黒電話が置いてあるのが見えた。少女は十二年前、この電話を使って警察に連絡したのだろう。電気もそうだが、電話線も繋がっているのか?そもそもこんなところにどうやって電話線を敷いたのか。試しに自分の携帯電話にかけてみようか…って、黒電話の受話器の取っ手の部分がおかしい。中央が潰れている。この状態で少女は一一〇番通報することが出来たのか?自分の電話番号を入れてみる。ダイヤルの戻りが遅くて何度か失敗し、上手く番号を入れてもやはり繋がる事はなかった。
 …他の遺体があった場所も一応見てみるかと思い、洋館の全ての部屋を散策した。大した大きさの洋館ではないので、全てを見て回るのにそう時間は要らなかった。ここで禾役一家が惨殺される理由がまず良く解っていなかったのだが、単純な事だ。一家はここに住んでいたのだ。ああ、確か記事には子供部屋と書いてあった。子供部屋もあったし、寝室やキッチン、風呂場にお手洗いと、十数年前に人が住んでいたらしき痕跡はどの部屋にも見つかった。
 しかし、何故こんな場所の、しかも洋館に住んでいるのか。人が住むには不便すぎやしないか、ここは。住んでいる痕跡はあったが、しかしそれ以上に荒れている部屋ばかりなのも気になる。部屋にある家具の一部が砕かれて破片が床に散らばっており、子供部屋が特に顕著で、昔使っていたであろうベビーベッドはあらゆる箇所が粉砕されていた。辛うじてベビーベッドだと解ったのが不思議なくらいだ。勉強机も複数箇所、特に天板の手前の部分が砕かれている。どの部屋のドアも取っ手が砕けており、扉が開きっぱなしなのがありがたかった。その他あらゆる小物や、家具が粉砕されていた。砕かれた破片ばかりで、靴を脱いでいたら足の裏が血だらけになっていたことだろう。洋館だから、土足でいいよな、って思って、靴は脱いでない。
 しかしこれだけ破壊箇所が多いと、肝試しにはうってつけのスポットにも思える。暇を持て余した学生達が夏休みに度胸を試しに来てもおかしくないように思えるが、十二年前の事件以来、誰かが来ているような形跡は見られない。どこもかしこも埃だらけで、僕の足跡以外の足跡は見つからなかった。
 変な部屋も一つあった。壁一面の本棚に、洋書が大量に詰め込んである部屋…書斎のような場所かと最初は思ったが、奥には髑髏やら水晶やら、オカルトグッズの置いてある気味の悪い部屋だった。ここには、勿論埃は被っているが、他の部屋と同様、物が破壊されているようには見えない。床にあるのは埃だけだ。ここだけ毛色が違う、異界から更に異界に迷い込んだような錯覚を覚えた。禾役家が住む前に、誰かが住んでいたのだろうか。あそこはその名残か。オカルティズム激しい先住民だなぁ。
 それにしても、破壊箇所が多すぎる。勿論、破壊されていないようなものもある。今いる食堂だと、例えば、食器なんかは破壊されていないし、電気なんかも破壊されていない。エアコンもそのまんまだったし、換気扇なんかも原型を止めている。
 何故壊れているんだ、件の獣が噛み砕いたとでもいうのか。獣が無機物やら、食事でない物を口に含むのか?ハムスターは何でも齧るというが…そんな可愛らしい動物なのか。否、そんな獣は存在しないのだと、僕は自分に言い聞かせたはずだ。
 何だろう、壊されていないものと壊されているものに違いがあるのか?違い、何だろう、やはり既視感がある。玄関で扉を開けた時に感じた既視感…
 壊されていないもの…エアコン、換気扇、電気…ふと視線を上げ、食堂の天井を見る。電気とエアコンと換気扇が、同時に視界に入る。
 上、か?高い所の物は壊せないのか。ホールに戻って天井を見上げる。高所には破壊の後はない。柱も成る程、手が届く範囲の箇所のみが壊れていると言った感じだ。
 手が届く範囲の箇所のみ、と言うより、僕が手を触れる場所ばかり壊れていた。触る場所の何処もが、へし折れ、粉砕し、原形を保っていなかった。

 …触れる場所ばかりが壊れている…既視感が、また、ああそうだ、この既視感は最近、同じような事に遭ったからだ…それは、ああ、あそこだ。

 やはり、繋がった。しかしそう考えると、獣に喰われた遺体の、本当の殺害方法は恐らく…しかしその方法は、人間に可能なのだろうか?

 否、出来るのだろう。何たって人外の眼を持つような、僕みたいな人間が居るくらいだ、これくらい出来ても、おかしくない。何よりその解釈が、最もこの惨状を説明しやすい

 ホールの右壁の小さな棚に置いてあった写真立て、その中の写真を見る。

 写真には、美しい黒い長髪の上に真っ赤なリボンを乗せた、黒いドレスを来た少女が写っていた。少女は、彼女大の大きな、そしてボロボロに引き裂かれたテディ・ベアのぬいぐるみを引きずりながら、無感情な眼でカメラを見ていた。