【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
「しんどい…」
山登り十分後にはそう嘆いていた。元々僕はインドア系と言うか、運動神経なんて無いに等しい上に、病み上がりという条件が重なり体力が直ぐに減っていた。赤坂という道は雑草生い茂る山の表面に、人に踏まれることによって雑草がなくなり、人が多く通るルートが道になっている、という自然に出来た道に過ぎない。多くの人が危険でない、通りやすい場所を通る事で自然発生した道ならば、当然、歩きやすい道かと思っていたが、とんでもない。急な傾斜で中々登る事が出来ない。確か十五度くらいが普通の登山道だったか…これは二十度以上あるのではないか。登山初心者にはしんどい道だ。そもそもこの山は登山をするような山じゃなかったな…。道なんて生易しい、まさしく獣道だ。
獣道ね、成る程、獣が住み着くにはうってつけなのかもしれない。ここに迷い込んだ人間を喰う、獣にはいい環境だろう。
中腹に着いた頃には一時間経過した後だった。途中数回休みを挟んだが、高々標高一〇〇メートルもない山の中腹、標高およそ五〇メートルにどれだけ時間がかかっているのか。
中腹は休憩場所のようなもので、平坦な場所だった。ベンチも何もありはしないが。事前に買っておいたスポーツドリンクを口に含む。余り飲み過ぎると後々厄介な事になる可能性もありそうなので、控えめに飲んでおこう。なんだか不気味な場所だ。真っ昼間だというのに、多くの木が陽光を遮っており、夜になったのかと間違えても仕方のないくらい暗い。陽光が入らない分、下界よりも何だか涼しい。休憩して冷めた体には寧ろ肌寒ささえ感じる。
行った事はないが、青木ヶ原の樹海というのはもしかしたらこんな雰囲気なのかもしれない。多くの自殺者の怨念渦巻く、光の届かない樹々の大海。獣に喰い殺された人々の怨念も、この地に居着いているのかもしれない。幽霊、そんなものを信じる気はないし信じていないが、成る程、その場の雰囲気とか、自身のテンションとかで、そう言うものを信じてしまうような気持ちがわかった。そういうものが居たっておかしくない雰囲気。新興宗教というのはそういう環境を使って、信者達に色んなものを信じさせているのかもしれない。オカルトとは、信じるものではなく、信じさせられるものなのだ。
ああ、信じる気持ちはわかった。だから僕は信じない。幽霊なんていないし、人を食う獣だっていはしない。雰囲気に飲み込まれるな、僕は今日、人あらざるものを否定しに、ここにいるのだ。
しかし本当に肌寒い。風邪をひく前に十二年前の記事に載っていた烏山の洋館を探し出そう。何でも当時の警官達はここから発見に至るまで三時間もの時間を要したらしい。複数人の警官で探して三時間もかかったのだ。僕が見つけるのに一体どれくらい時間がかかるかわからないが、やるしかあるまい。人は居ないだろう、サングラスは外す事にする。気合いを入れて探さないとな…
と気合いを入れたのだが、何故だか件の洋館はものの二十分足らずで見つかった。直感的に、木々の多い方に向かい、偶然にも行き着いただけだ。偶然というか、何だか惹かれたというか、言葉には言い表せない直感のようなものが働いたのか。理屈で言えば、洋館を隠すなら木が多い方だよな、という単純な理由からだが。
開けた場所にその洋館はあった。そこにだけ木々はなく、広い空が見渡せる。洋館は周囲を高い柵で囲っており、越える事は難しいように見える。木によじ登って跳べば入れるだろうが、着地は保証されていない。正面に回るのが無難だ。
扉の鍵は開いており、っていうか壊れており、すんなり入る事が出来た。大昔に警察が張ったであろう立ち入り禁止のテープは無視した。柵を越えると小さな庭があった。道の左右の小さな庭園は何十年も手が入れられてないため、見るも無惨な状態だった。
まっすぐ進み、洋館の玄関前に立つ。何十年も人の出入りがないのだろう、外観の色は剥げているのか、薄いブラウンの煉瓦塀だ。雨で穿たれたのか壁はあちこち欠けているし、窓は曇ってひびが入っている。あちこちに蜘蛛の巣が張られている。古ぼけた、忘れられた洋館。
人気は感じられない。獣はいないはずだ…否、そんなものは、そもそもこの世には存在しない。怖じ気づくな、青原雪人。
扉の取っ手に手をかける、が、取っては中頃辺りでへし折れていた。外観と同じく、扉も古くなっているのだろう…
何だ、妙な既視感を感じる。つい最近感じたような感覚…
扉を開くと、ぎい、と音が鳴った。
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた