【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
昼食時に再び大量の栄養を取り、少々の休憩を挟んでから再び外に出た。今度は自転車を駆り、図書館へと向かう。谷川に頼んで調べてもらう手もあったが、三日も学校をサボっていたのでちょっと会い辛く、また先日アイスの他に変装用の服やウィッグ、変装中に制服を保管しておいたロッカー代がかなりの出費になってしまった為、ここで余り金のかかる事はしたくなかった。
図書館での新聞の保存は、図書館ごとに異なっている。もっと大きな図書館ならば多くの新聞を保存しているのだろうが、片田舎の市立図書館では大した種類の新聞は保管されていない。そもそも保存期間が六ヶ月、長くて一年しかない。とはいえ、それ以前の記事が全くないという訳ではない。そういった古い記事は全てマイクロフィルムによって縮小保存される。まぁ、カメラのフィルムのようなものだ。こうぐるぐる巻きになってるような。
で、それを見るには専用の装置が必要で、図書館員のお姉さんに教えてもらわないと見る事すら出来なかっただろう。ライブラリという場所での作業だったが、こんなとこ一度も利用した事が無かった。
原版より縮小されたマイクロフィルムは見辛い事この上ない。ライブラリの中は個室なのでサングラスを外した。受付の人はなんかしかめっ面をしてたような気がするけど、多分このサングラスが原因なんだろうな。日曜の昼っぱらにサングラスかけた学生が十年以上前の新聞を読みたいだなんて怪し過ぎる。
十二年前の記事、社会欄の事件の記事を一つ一つ見ていく。「赤坂町に人喰い獣があらわる!?」という下品な見出しを発見した。
十二年前の四月中旬頃から人喰い獣の事件は発生していたらしい。現代の人喰い獣と違って、当時は無差別的な事件だった。被害者の名前を一人一人確認していく。そしてやはりその中に禾役陽子の名前があった。その記事には一家惨殺と大きく見出しが出ており、禾役家の夫妻と息子がやはり獣に喰われて死んでいるのが見つかった。唯一その家の娘だけが生き残ったらしい。生き残った少女の名前は禾役メイ、亡くなった家族は禾役陽子、禾役淳、そして------五条雅弘。
五条雅弘…あの紅の少女と同じ姓を持つ男。禾役陽子の夫なのだろうが、何故彼だけ母子達と名字が違うのだろうか。一人だけ生き残った少女、禾役メイ…何故彼女だけ生き残る事が出来たのだろうか。
記事にはこう書いてある。ある日、幼い少女、恐らく五歳前後かと思われる、から一一〇番の連絡が入った。「あのね、お母さん達がね、真っ赤になって動かなくなっちゃったの。」と。何だか嫌な予感がした担当の警察官は、彼女から現地の住所を聞こうとするが、当然五歳前後であろう少女にはそんなことは分からない。逆探知で住所を判断し現場に警察官達を急行させる。その場所は何やら奇妙な場所で、赤坂町の烏山の中腹に位置する場所からかかっていたらしい。そんな場所にそもそも電話があるのか、と当時の警察官達は半信半疑だった。山は木が生い茂り、碌な道もないので目的地にたどり着く前に、既に警察官達は酷く消耗してしまっていた。現場までの道なぞなく、山狩りのような作業で目的地を探し、通報から三時間後にようやく見つける事が出来た。
そこには片田舎には似合わない洋館があった。二階建ての小さな洋館だ。昔航空写真が撮られた時に一時期話題になった気がするが、誰もその存在を覚えていなかった。ここに至るまでの道が無く、登山者もここに気付く事は無いのだろう、来るまで木々のせいで建物すら見えなかったのだ。洋館の周りは高い柵で仕切られており、上って入る事は出来そうにない。回り込んで入り口を見つけ、小さな庭を通り洋館の扉を開けた。
入り口を入ると直ぐそこはホールで、大きな柱が左右にあり、その奥の中央に二階に上がる為の階段があった。ちょっとしたダンス・パーティーでも開けそうな規模だが、あちこち血だらけのこの状態では客人を呼ぶような余裕は無い様に思えた。
ホール中央、階段より少し離れた場所に全身の肉をはぎ取られた死体が転がっており、その傍らには黒いドレスを血で染めた少女が座り込んでいた。
少女は警察官達を見ながらこう言った。
「お母さんが動かないの。これってもう死んじゃったの?」
その後子供部屋と食堂で二人の遺体を発見、何れの遺体も獣に肉をはぎ取られた出血による出血多量死であった。唯一生き残った少女は児童相談所の判断により、児童養護施設に送られる事となった。犯人は未だ見つからず、本当に人喰い獣の仕業によるものなのかもしれない…
といったことが当時の新聞には載っていた。正直どこまでが本当か分からない記事だった。少女の発言とかは特に疑わしい。これ、実際に記者がついてきてないと聞けないんじゃないか?記者が警察官に聞いて、そんなどうでも言い台詞を態々喋るのか?ある程度の脚色がついていると考えた方がいいだろう。
それ以降の日付のものを見てみる。以降の新聞には人喰い獣の記事は一つもない。禾役家殺害事件で、十二年前の赤坂町連続殺人事件は犯人が捕まらないまま忘れ去られ、ひっそりと幕を閉じる事となった。
ある程度察しはついていた。赤い魂の人間が死んだという事はどういう事なのか、僕は善く知っている。しかし禾役陽子もまた、獣に喰われていた…。記事によると、禾役陽子の遺体のみ、獣の歯形が小さかったと言う。歯形もまた、現代と同じく、上顎四本下顎以下略なのだ。小さいというのはどういう事なのだろう。獣の子供?幼体?グロテスクな小動物だ。
十二年前と現代の同じような獣に喰われた遺体、烏山の洋館と烏山に住む人喰い獣の伝承、五条雅弘と五条五月——現代と昔と大昔が一本の線でつながりつつある。獣と言うキーワードと、紅ノ姫君によって。
しかし、これで図書館で調べられるものは終わってしまった。またしても打ち止めか、否、今回新しく出て来た場所に行かねばなるまい。遥か昔から人を喰う獣が居るとして恐れられていた烏山、十二年前の最後の犠牲者が出た場所、烏山の洋館。
しかし今日はもう無理だろう。栄養は十分にとったと思ったが、まだ完全に回復したわけじゃなさそうだ、ちょっとばかし足が笑っている。
重要そうな記事をコピーし(一枚十円)、フィルムを返却して帰る事にしよう。今の内に十分休んでおいた方が良い。何たって明日はどれくらい山を歩くのかわからない。もしかすると帰れなくなるかもしれない。
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた