【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
例えば、「河童」という妖怪は、川辺に住み着いて川に近づいて来た子供を川に引きずり込んで溺死させるとか…当然、そんな未確認生物はこの世に存在しない、架空の生物であるのだが、これは子供が川に近づくと足を滑らせたりして危ないから、子供を川に近づけさせないよう、架空の化物を作り、子供達に言い聞かせた…妖怪というのは、昔では理解出来なかった現象を妖怪として恐れるか、危険性を暗示する為に架空の化物を作るかとか、大体相場は決まっている。ばあちゃんの話は、山に登ったら獣に喰われて死ぬ、つまりこの山は迷いやすくて危ないから登るな。罪人を山に放置するのは、悪いことをしたら危ない山で捨てられてしまうぞ。そう子供に言い聞かせるような話だ。そんな印象を受けた。
しかしその架空の化物であるはずの獣は現代で蘇り、現実として人を喰い殺している。赤坂町じゃなくて若木町であることが変更点としてあるが、これは多いに関係しているのではないのだろうか。大昔から伝承として存在した獣、赤坂町の獣。しかし関係していると言っても、ばあちゃんの話は昔も昔、ばあちゃんが子供の頃に、ばあちゃんのばあちゃんから聞いた話でもあるのだ。ばあちゃんのばあちゃんはそのまたばあちゃんからってもういいわ。どんだけ昔だ。江戸より昔からある話なんじゃないのかこれ。それだけ昔の話が、現代の人喰い獣事件に何か役に立つとは思えない。事実、獣の正体はさっぱり分からない。
「でも昔、似たような事件あったわよねぇ。その時私も思ったのよ、おばあちゃんから聞いた話に似てるなぁって、ねえお父さん。」
「ん、ああ。僕は伝承は聞いてないけど、今回の事件に似てるようなのが昔あったなぁって気はするね。」
また何もしていないのにヒントが飛び込んで来た。
「昔って何時?どんな事件だったの?」
「あんたが小学校入った時だったかしら…十二、三年以上も前のことかな?どんな事件かは、そうね、連続殺人で、やっぱり獣に喰われたようなって言ってた気がするわ。」
十二年前、それは覚えていない。小学生入り立ての頃の記憶なんてなんにもありゃあしない。その事件を調べるか…大昔の伝承よりも関連性が強そうだ。近くの図書館は日曜日もやっているはずだ、当時の新聞を探せば詳細は分かるはずだ。
…十二年前?小学校入りたての頃…なんだ、何か引っかかる、何かを忘れている気がする…小学校低学年の時に、何だ、何だっけ…獣、伝説、赤坂、殺人姫、違う、何だ、政治家、金髪、ボタン、バット、花笠カオリ、染崎明日香、五条五月、赤い魂、赤い色、返り血を浴びた殺人姫の色、三人の赤い少女…………………違う、三人じゃない。
いた、まだいた。赤い色の魂を持つ、四人目の人間。
遥か昔、小学生低学年の頃、誰かが赤い魂だったのだ。誰か、確か大人の女性、
また女性か。
大人の女性が、親しくも、よそよそしくもなかった女性が、ほんの数ヶ月、否、数週間だったか、で会えなくなった、ような気がする。何だ、誰だ、期間が短すぎて思い出せない…顔も名前も思い出せない、誰だ、誰だっけ、
「でほら、雪人の担任、その人が行方不明になったんじゃなかったっけ、お父さん?」
「否、後に自宅で遺体で発見されたらしいぞ。ショックが強いと思ったから当時の雪人には話さなかったけどな。」
担任、担任だったのか?そうだ担任だ、でも担任の名前を、
「担任が行方不明って言ったけどさ、それ何時頃起きたの?」
「入学して直ぐじゃなかったかなぁ?四月も終わるころじゃなかったかしら?」
一ヶ月も経ってないじゃないか。担任の印象が薄いのも仕方ない。確かその後違う担任になったのだった。
「その人って、女の人だったっけ?」
「そうよ、綺麗な方だったわ。その後に担任になったのは、」
「静谷先生だろ、それは覚えてる。」
そうだ、その亡くなった、たった数週間の女担任が赤い色だったはずだ。まだ六年しか生きていない僕には、赤い色はちょっと珍しい色だな、程度にしか考えてなかったのだ。だからとても印象が薄い。だんだん思い出せて来たが、
「その前の担任の人さ、なんて名前だっけ?」
「えー、全然覚えてないわ。お父さん覚えてる?」
「否、全然。」
息子の記憶力も親の記憶力も駄目駄目なのだった。
三日間引きこもっていた自分の部屋に戻って発掘を開始した。卒業アルバムは直ぐに見つかった。
教師一覧に載っていないか…とそう思ったが、教師一覧に載っているのは卒業時に在籍していた教師だけだった。そりゃそうか、何たって卒業アルバムなんだからな。赴任先が変わった教師を乗せない様に、亡くなった教師も載せないのだろう。図書館で事件を調べ、被害者の名前を見れば思い出せるか?可能性は無くもないが、確実じゃあ無い。名前を見ただけじゃ思い出せない可能性もある。顔は…ようやくぼんやりと思い出した程度だが、顔写真を見れば一発で思い出せるはずだ。僕が覚えているのは、かろうじての顔と、赤い魂の色だけだ。その頃は顔と名前で人を覚えるよりも、顔と色で覚えることをしていた。名前だけでは不確実だ。先に名前を判明してから、図書館の調査に移行したい。
しかし頼みの卒業アルバムは空振りに終わった。新聞にいちいち連続殺人の複数の被害者の顔写真を載せるとは思えない。道が塞がった状態になってしまった。六年前の卒業アルバムでは何の役にも立たな…
六年、その数字で閃いた。僕が入学した時に卒業した人のアルバムには、もしかするとその女性担任の顔写真が載っているかもしれない。六つ上の柏木弘人、確か彼も僕と同じ小学校の卒業生——
六つ上だと、僕が一年の時ヒロさんはちょうど六年生だからギリギリ卒業してない…否、ヒロさんは早生まれだったはずだ。卒業している——
親の呼び止める声を無視して外に出た。三日間飲まず食わずだった肉体には休養が必要だから、今日はゆっくり休めと言われていた。休みたいのもやまやまだが、もう大体直ってるのでそこまで休む必要は無い。
大体外に出ると言っても、用があるのは直ぐ隣だ。お隣の兄貴分、柏木家。ヒロさんの卒業アルバムに、赤い教師が載っているはず——
ヒロさんは当然仕事に出ている。連続殺人事件が終わっても直ぐに次の事件が入っている。休む暇もないのだろう。ヒロさんの両親は僕の頼みを聞いてくれて、棚の奥から卒業アルバムを引っ張りだしてくれた。
教師一覧に見つけた、無表情の女性。きっちりと真ん中で分けられた黒いショートカットの髪の毛。若い、綺麗な女性だった。
名を、禾役陽子。間違いない、紅の魂の女性教師、一ヶ月にも及ばない担任教師、それが禾役陽子だ。
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた