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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 上柴警部補は若木署内の取調室に一人でいた。先程まで取り調べるべき人物がいたのだが、そいつは残念ながら通常の会話を出来るような精神状態ではなかった。もっと言えば錯乱していた。
 煙草の吸い殻だけが増えていく。煙を吐いているのか溜め息をついているのか自分でも区別がつかないくらい、上柴本人もまた混乱していた。
 昨日の夜、彼の部下である柏木巡査部長に青原少年からのメールが届くや否や、待機していた十人の警官達はすぐさま指定の廃ビルへと向かった。所要時間七分。青原少年が犯人をおびき寄せているのだとしたら、かなり危険な時間だ。激高した殺人鬼に殺されてもおかしくない。手遅れになるか----
 しかし指定の場所に着いた警察官達が見た光景は妙なものだった。

 血糊がついたようなレインコートその他を身につけている、(恐らく)女の子が倒れており、そして当の青原少年は惚けている様に見えたが————

 少年は自身の手を自分の目の前に持っていき、指で、自分の眼を潰そうと————

「この馬鹿がっ!」
 その動きに真っ先に反応して爆ぜた柏木弘人が少年の腕を掴み、背中に捻り上げ身動きの取れない体勢にし、そのまま地面に組み伏せた。
 自傷を図ろうとした少年は取り押さえられながな、何かを言っていた。
「僕が、僕が殺した。」
「なんだって…」
 にわかには信じがたい発言。殺人姫がここにいると連絡したのは間違いなくこの少年本人であるのに、殺したのは少年自身という矛盾。
 殺した対象と言うのは、彼の前に転がっているこの人間なのだろうか。眼鏡にマスクで帽子にレインコートと、パッと見では男子か女子か分からない風貌だったが、よく見るとレインコートの端から制服のスカートのようなものが見えた。女装でなければ女と言うことだ。
 上柴は帽子とマスクを外して転がっている女子の顔を見た。白目を剥いて、眼と鼻と耳と口から血を流している。口からはついでに泡も流れてる。脈を確認するまでもないと思うが、仕事上やらないわけにもいかない。上柴は彼女の首筋に手を当てた。
「…死んでるね。」
 状況から考えて、青原少年が殺したというのはつまり、この転がっている彼女を殺したという意味に違いないだろう。自供、それがあれば、警察は捜索するまでもなく殺人事件を解決出来るだろうが、しかし、
 上柴は柏木が押さえつけている(といっても抵抗する意思を全く見せない)青原雪人に近づき、よく顔が見え、且つよく話が聞こえる様に、しゃがんで顔を近づけた。
「彼女、君が殺したの?」
「僕が、僕が殺したんだ。」
 青原雪人は顔面蒼白になりながらそう答えた。
「あっそう。とりあえず連行して。」
 柏木弘人は無言でうなずき、青原雪人に手錠をかけた後廃ビルを出て行った。すぐさま聞こえるパトカーのサイレン音はしかし、一瞬でフェードアウトしていった。
「鑑識呼んで。」
 手近な警官にそう言って、上柴は再び転がっている彼女に寄った。
 青原雪人は彼女を殺したというが、一体どうやって殺したというのか。見た感じ外傷は一つも見られない。刺殺や撲殺の類でないなら絞殺か。しかしやはり首に絞殺の跡があるわけでもなし、ロープも見えない。大体首を絞めて耳から鼻から血が出るものか。
 そうすると毒殺か。毒ならこんな症状で死ぬようなものがあるのかもしれない。近くに落ちているバッグを拾う。中を探り、メスやら釘やらハンマーやら物騒なものの他に、案の定、何かの液体が入った三角フラスコが入っていた。毒薬だろうが、しかしバッグの中に入っていた生徒手帳には『染崎明日香』と名前が記されていた。誰だ。この子か。ならばこのバックの持ち主は被害者と言うことになる。危ない持ち物を見る限り、殺人鬼はそこに転がっている染崎明日香という女子ということになる。つまり毒薬(多分)は染崎明日香が用意したものであって、青原雪人が用意したものではない、ということになる。
 じゃあどうやって青原少年は彼女を殺した。周囲には毒薬が入っていそうな液体を保存出来る類のものは落ちていない。
 そもそも、血糊のついたレインコートを着ていたということは、返り血を浴びないように工夫しているということで、それはつまり染崎明日香が青原雪人を殺そうとしていた瞬間なのではないのか。染崎明日香が青原雪人を殺そうとしたのに、実際に殺されているのは染崎明日香だった…。
 殺されないための防衛反応で彼女を殺してしまったのか?毒殺で?即死性の毒を用いたとでもいうのか?どうやって飲ませる?それとも注射か?注射なんてない。毒ナイフか?メスならあるが、彼女の体に切り傷はない。注射の痕だってない。
 全く持って意味が分からない。上柴の理解の範疇を超えた殺人現場だった。これ以上は鑑識や司法解剖でしか解らない領域に入っている。
 そういうわけで上柴は現場を鑑識に任せ、翌日まで若木署内の取調室で青原雪人を取り調べるとともに、解剖の結果を待っていた。その間、青原少年は机を見ながら「僕が殺した。」しか言わず、理由を聞いても「言っても信じるわけがない。」とぼやくばかりだった。何だかぶっ壊れた鳩時計を相手に一人で喋りかけているような錯覚を覚え、取り調べる側がうんざりしてきた頃に、司法解剖の結果連絡が届いた。
 監察医が言うにはこういうことらしい。染崎明日香を解剖した結果、死因はショック死、としか言いようがないとのことだった。背中や胴体に直りかけの傷や、長もので引っ叩いたような痣が見られたが、死因とは全く関係のない傷跡だ。体の何処にも死に至るような外傷は無く、毒物反応も見られない。唯一、彼女の頭に異変が見られ、脳の殆どが焼けただれていた。頭蓋を切開した途端に焦げ臭い臭いが噴出し、頭蓋の中には黒く焦げた脳があった。切開するまでの頭にはやはり外傷は見られない。原因は不明。未知の原因によって脳がいきなり死んだ、ショック死としか日本語では説明出来ない。脳が熱暴走したみたいだ。ものの考え過ぎでオーバーヒートでもしちゃったんじゃないの?暑いし。

 とのことだ。
 つまり染崎明日香は誰に殺されたわけでもなく、勝手に死んだと言うことになる。目の前のぶつくさ同じことしか言わない少年は自分が殺したと主張しているが、染崎明日香は他殺で死んだのではないのだ。青原雪人は殺しをしていない、現代医学がそれを証明した。
 何故、青原雪人が、自分が殺したと主張しているのか、それを考えるのも億劫になってきた。大体この少年は花笠カオリの件といい、何故か事件に介入してくる。結果、どちらも犯人を突き止めるという偉業を成しているが、その内の片方は連続殺人鬼であろう人物が死に、殺してもいないのに「殺した」と言い続けている。一般人にしては出しゃばりが過ぎる。公務執行妨害で逮捕してもいいのだが、結局事件を解決したのはこの少年なのだ。それを考えると、逮捕は少々やりすぎな気がする。警察はこの少年に感謝すべき位置にいるはずだ。
 青原雪人はこれ以上有益な情報をもたらしてくれる気配はない。彼は人が目の前で死んで錯乱状態にある、ということで上柴の中では決着がついた。少年は柏木弘人巡査部長と幼なじみなので、彼がいれば何時だって事情聴取は出来るだろう。