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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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「見る必要はないわ。青原くんの言う通り、私がその『殺人姫』だもの。」

 そんな僕の普通の願いは、実に脆く、破片も残らない程、粉みじんにされた。

「そうかよっ…」
 殺人姫ってのは、自分で自分にそう名付けたってことかよ。趣味悪いぜ、全く。
「あ、青原くん毒薬って言ってたけど、毒薬はないよ、麻酔薬があるだけ。クロロホルムって言ってね、推理小説とかドラマにあるでしょ?ハンカチにしみ込ませて眠らせるやつ。クロロホルムはね、水とエタノールとさらし粉、プールの消毒薬ね。で、三角フラスコとゴム栓、あと熱源があれ蒸留出来るんだっ。それで必要なのは色々学校で揃えてさ、何作るかバレない様に色々盗んだんだよねー、要らないのばっかりになっちゃったけど。で、蒸留の方法は、」
「いい、いいよもう!そんな方法はどうでもいい!聞いても分からない!」
「そう?ちゃんと勉強しなきゃ駄目だよ?でも知ってるかな青原くん、フィクションみたいに、ハンカチにしみ込ませた程度じゃ人間は一瞬で眠りはしないんだよね。頭痛や吐き気を催すだけなんだって。しかも気化するのが早いから使用者にも影響があるんだよ。危ないから、絶対に吸わない様に気をつけたけど。」
「じゃあ無理だろ!クロロホルムなんて無駄じゃないか!どうしてそこで止めなかったんだ!」
「無理でもないよ。作った後に気がついてなんだよーとは思ったけどねっ。大体町中でいきなり口にハンカチ押し当てて誘拐なんて、そんな事したら直ぐに捕まっちゃうじゃない。だから簡単よ、クロロホルムを染み込ませたハンカチを持って、相手の後ろに立ってこう言うのよ。『あなた、ハンカチ落としましたよ。』って。当然落としたハンカチじゃないから、相手は違うって言うけど、そこはそれ、もう一押しするのよ。『あれ?違いますか?こんな臭いのするハンカチなんですけど。』って言って。かがせればいいのよ。」
「……なんでっ、」
「で、相手は頭痛に目眩がして、意識が朦朧としてしまいます。それで私が肩を貸します。後は煮るなり焼くなり好きに出来ちゃうわけですよ。」
「なんで!そんな事をしてまで!殺人にこだわるんだよ!なんで!もうとっくに、」

 日常なんて、壊れて久しかったのだ。

「うーん、何で、って言われるとそうだねぇ。説明すると長くなりそう。」
「なんで!花笠さんを巻き込んだんだ!彼女は関係ないだろ!なんで!なんでっ…」
「言ったよね。花笠さんとは十年来の付き合いなのっ。それで青原くんもさっき言ったでしょ、殺人姫は黒髪じゃない人を狙ってるって。花笠さんの髪の色、知ってるでしょ?」
 金髪…
「そっ、金髪っ。まぁ、黒髪じゃない人を狙ってるのに大した理由はないけど、花笠さんは偶然私が狙っちゃって、気付いた時には花笠さんでびっくり。普通なら殺すんだけど、幼なじみのよしみってことで、殺さないで、秘密を共有するってことにしたの。私は彼女の目の前で違う人を殺してー、次の日に花笠さんに代わりに殺してもらったのよ。」
 …この赤い女は、親友を一体なんだと思っているんだ…。
「一体、花笠さんは、どんな気持ちで居たのか…っ」
「でもそうねー。彼女は翌日に直ぐ自首しちゃって。私も終わりかなって一瞬思っちゃったけど、特に気にせず殺したりして、でも彼女、私の事を警察に言わないでおいてくれたんだねっ。流石は十年来の旧友だなっ。」
「何で!昔彼女の事を助けてあげたのに…何でっ、何で今回は助けなかったんだ!何で今回は彼女までが殺人姫にならなくちゃいけなかったんだ!」
 十年来の幼なじみなのに、何でこんな事をしたんだ。殺人という外道に落ちるなら、一人でやってくれ。何故花笠さんまで巻き込んだんだ。何故何故、
「否、青原くん、狙った人は基本的に必ず殺す事にしてるんだ私。それを曲げて、秘密の共有程度にしたんだから、私はすっごく助けていると思うな。」
「そうじゃないだろ!そうじゃない、君は、君は何で、」

「ていうか、助けて欲しかったのは私の方なんだけどなぁ。」

 突如、彼女の顔が歪んだ。歪んでいるのに、まだ彼女は笑っている。
「たす…」
「誰も気付いてくれなかったからなぁ…青原くんはさ、私の両親が死んでるってこと、さっき話したよね。」
 それは、さっき、昼休みに聞いた話だ。
「そうだよね、聞いたよね。ねぇ、私の両親が何で死んだか、 わかる? 」

 まさか、まさか君は、

「秘密。」

 耳元で囁く声。甘い悪魔のささやき。
 いつの間にか彼女は僕に接近していた。密着していた。
 動きが速くて見えなかったのか、僕の隙をついたのか、全く分からない。
「誰も助けてくれなかったなぁ。私、結構苦しんでたんだけどさ。助けて欲しかったなぁ。」
 彼女は密着したままだ。耳元に吐息がかかる。ぞくりと体が震える。くすぐったいからか、それとも彼女に底知れぬ恐怖を感じているからなのか。
「僕には、そんなこと、わからないよ。」
「青原くん、女心わからなさそうだからね。」
 わかるか、そんなもん。
 染崎さんから離れようとするが、彼女はぴったりと僕について来た。彼女の首筋が見え、更に首の後ろから背中にかけて大きな、直りかけの痣のようなものが見えた。
「駄目よ動いちゃ。でね、誰も助けてくれないから、何か色々爆発しちゃったのよ。それで、両親が居なくなって…」
 どうやって、いなくなったというのだ。
「それは別にいいのよ。でね、色々落ち込んじゃって、どうしようかなって思ってた時に、ある資料に出会ったのよ。」

 ある資料?

「なに、それ。」
「青原くんは利用した事ないでしょうね。学校にある歴史資料室にあったものよ。凶器とかもそうだけど、学校って何でも揃ってるのよね。だから私学校大好きなのよね。それでその資料を見てね、私安心したんだ。」
「何を、」
 安心したんだ。

「づっ……!」
 突如、後頭部に痛みを覚えた。それと同時に、重力が無くなる感覚——気付くと僕は仰向けに倒されていた。
「なっ…」
 何時の間に、などと呟く暇もなく、染崎明日香は僕の腹の上あたりに馬乗りになっていた。ついでに両足で僕の両腕を押さえつけており、身動きが取れない状態になっていた。
 彼女は体育の成績は悪くなかったが、否、まさか同い年の女子に一瞬で組み伏せられるとは思っていなかった。荒事になれば腕力のある男子である僕の方に分があると踏んでいたが、想定外だ。
 しかも彼女はいつの間にか自分のバッグを左手に持っていた。密着して視界が遮られていたから分からなかったが、あの時既に持っていたのか。
「ぐっ、…」
 動けない。まずい、警察が来るまで後何分だ?僕達はどれくらい喋っていた?
「警察が来るまで、もう少し時間がありそうね。青原くんを殺しちゃうには十分な時間かなっ。」
 自分が逃げるために確保していたタイムラグが仇になった。まさかこんな簡単に押し倒されるなんて…!
「ま、待ってくれ、そ、その資料、資料ってのはなんだ!」
「資料?そうね、ある意味それに私は救われたかな。」
「い、一体どういう資料なんだ、それっ!」
 時間、時間を稼がないといけない。彼女に話させて時間を作るんだ---!