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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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「あら、青原くん、八時間ぶり。」
 目の前の制服姿の少女はなんともないという風に、笑顔でそう言った。
「で、青原くん、こんな」
「染崎さんは、こんなところで、何をしているのかな。」
 質問を遮る。イニシアチブを取られるわけにはいかない。
「…青原くんこそ、こんな場所になんで居るのかなっ?クラス委員長としては、とても気になるんだけど。」
「質問に質問で返すな、染崎明日香。何で君は、こんなところに居る。」
 染崎明日香は表情を崩す事なく、質問に答えた。
「青原くんについて来たのよ。どこいくのかなーって。」
「へぇ、僕が誰かも判らなかったのに?」
 ウィッグをくるくると指で回しながら言う。僕の格好はさっきまで着ていた制服ではない。白いタンクトップに長いジーパン、悪趣味なメタルやアクセサリを大量につけた、僕が絶対に着そうにない出で立ちだ。加えて金髪のウィッグ。後ろから見ただけじゃ絶対に僕と判らない服を選んだ。出費は痛いが…ちなみに制服は駅のロッカーにしまってある。
「…服を換えただけでも、意外と分かるものなのよ。」
「じゃあ、今の僕の何処を見て、青原雪人だと分かったんだい?」
「顔を…」
「見てないね。後ろから近づいていたのに顔が見えるわけがない。」
 彼女は僕の前に現れていない。必然、顔を見る機会は一度もない。
「ふぅん、青原くんって、結構言動きついんだね。でもさ、じゃあ青原くんはどうしてそんな格好をしているのかな?」
「釣り。」
 これは殺人姫と言う魚をおびき寄せる、餌——
「染崎さんは知ってる?殺人姫の被害者二十二人中二十人が髪を染めているっていうことを。」
「…いいえ、知らないわ。初耳ね。」
「誰かに聞いた事は?」
「ないわね。」
 そう、それは良かった。僕はポケットから携帯電話を出してそれをパカッと開いてみせた。
「染崎さん、携帯電話持ってないって言ってたよね。チェーンメールってさ、知ってる?」
「…いいえ、知らないわ。」
「だよね。じゃあ四時頃に全国に発信されたチェーンメールの内容を、君は知らないわけだ。」
「知らないわね、どういう内容が発信されたの?」
「『※※※このメールは十人以上の友達に回してください※※※特報!若木町連続殺人の被害者の殆どは髪を染めている(髪が黒くない)ことが判明!疑う人は被害者を調べるべし!髪を染めている、髪が黒くない人は、直ちに色を抜いて、黒く染め直してください!※※※このメールは十人以上の友達に回してください※※※』」
 染崎明日香の表情は、未だ崩れなかった。
「チェーンメールっていうのは、そうやって複数人の友達に同じ内容のメールを送り、その友達は友達に十人、そのまた友達達が十人、そうやって乗算して一気に不特定多数の人間に配布する手紙の事を言うのさ。」
「………。」
「特に若木町周辺は危機感からか、一気に回ったみたいだね。皆慌てて白髪染めを買ったみたいだ。」
 故に、今日の若木町には、髪を染めている人は少なかった。僕が殺人姫をおびき出す環境が整ったということだ。金髪という餌に、殺人姫という大物を狙える環境が。殺人姫は狙っていたのではなく、僕に狙われていたのだ。
「…じゃあ、この時間帯に唯一の金髪だった青原くんについて来た、私が殺人姫って、言いたいの?」
「違うと言うのなら、何故君がこんなとこに居るのか、僕に納得出来るだけの説明をしてくれ。染崎さん。」
「別に、来たいから来た、じゃ駄目なのかなっ。私が何処に居ようと、それは私が殺人姫である証拠にはなり得ないんじゃないかなぁ。」
 彼女は食い下がる。表情も変えず、魂の色は僕に精神状態を読み取らせない。
「証拠ね、まぁ色々あるんだけど、言えないのもあるし…」
 若木町駅前のネットカフェ、そこの店員に聞き込んだ情報。谷川が割り出した書き込みの日にちを指定し、その日に制服の女子が来ていなかったかを訪ねた。更に染崎明日香の特徴を伝え、それは完全に一致した。染崎明日香は、最初に「殺人姫」の書き込みをしたその日その時間その場所に、居た。但しこれは谷川が余り人に言えない方法で手に入れた情報だ。ここで口にすると谷川にまで被害が及ぶので言えない。
 しかし問題は、深夜三時頃まで制服で居たと言う事…当然、未成年が深夜まで居れるはずがない。それに気付いたのが深夜四時頃らしく、彼女は前日の夕方からずっと部屋に居座っていたらしい。直ぐにつまみ出したから、店長はよく覚えていたようだった。常に制服を着ている彼女。つまり殺害時も制服を着ていた…。
「警察に証拠品として、ウチの高校のボタンがある。染崎さんの制服のボタンは一つないね。ボタンは染崎さんのもの、という事でいいのかな?」
 今まで凶器で切り裂き、飾り立てるような遺体の演出をしていた殺人姫は、先日日曜日だけは花笠カオリの金属バットを用いたのだ。花笠カオリがバットを振るう前に、殺人姫本人が手本として一振りしたのだろう。『ほら、こんなふうにやるんだよっ』きっとそう言いながら。殺人姫は凶器の扱いに長けていたが、鈍器を用いた事は恐らく初めてだ。それ故か、振りかぶった時にボタンが外れてしまったのだろう。
「…そうと決まったわけじゃ、」
「警察に調べてもらえば分かるよ。それに証拠なんて些末な問題だ。その鞄の中を見れば、全部分かる。中には何が入ってる?僕を殺すための毒薬か、切り裂くためのメスか。」
「…女の子の持ち物を見たいのに、その態度はないんじゃないかなっ。」
「言っておくけど、変な事はしない方がいいよ。十分もすれば、警察がすぐにここに来る。」
 ヒロさんには事前に連絡してある。「殺人姫の正体に見当がついたので、警察官を若木署に集めて僕のメールを待ってね。」とだけ言い、一方的に電話を切った。十分くらい連続で返しの着信が来まくっていたが全部無視した。ヒロさんは僕のメールを待ってくれることにしたのだろう。
 そのメールは、さっき僕がチェーンメールの話の下りの際に、携帯電話を開いて見せたとき、あの時に送ったのだ。
『××という廃ビルの二階に、殺人姫がいる。』という内容のメールを、事前に書いておき、ボタン一つで送信出来る状態にしておいたのだ。ヒロさんは緊急の連絡先を使った僕を信じて、準備が出来たら直ぐに駆けつけてくるだろう。
「……あら、警察が来るまで十分もあるの?」
「そう、それくらいある。」
 ならば事前に場所を指定して、待ち伏せておけばいいものを、僕は態々タイムラグを作っている。僕が殺人姫と出会い、警察が彼女を逮捕するまでのタイムラグを。
「そう、それくらいなら大丈夫、かなっ。」
「染崎さん、ここまで言っておいてなんだけど、僕の推理は全て証拠のない、ただの憶測だ。君が本当に殺人姫でないのなら、その鞄の中身を見せてくれ。」
 そう、未だ、証拠はない。だから警察が来るまでのタイムラグを設定したのは、もしも僕の憶測が外れていたときのためだ。外れていたのなら、さっさとここから逃げる。そのために取っておいたタイムラグ。

 赤い魂が殺人の色ではない。赤い色の謎解きとしては振り出しに戻ってしまうが、僕はそれでも構わない。クラスメイトが、殺人者であって欲しくない。そんな普通の願いだったが、