【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
谷川家には何度かお邪魔しており、信二の母親と大学生の姉にも完全に顔を覚えられている。適度に挨拶を済ませ、二階へ上がり信二の部屋まであがった。
谷川の部屋には自分専用の据え置き型パソコンが置いてあり、そのパソコンは見た目実に古そうな機種に見えるのだが、実はそれはカムフラージュで、中身は最新のオペレーションシステムなのだ。というかスイッチ一つで見た目通りの古いOSに切り替えることも出来るらしい(OSをもう一つぶっ込んでいる)。有事の時にはそっちを見せびらかす予定らしい。どんな予定だ。
「成る程ね、一番最初に書き込んだやつが、殺人姫である可能性が高いと。」
谷川には要所を伏せて、放課後思い立ったことを説明した。僕が染崎さんのことを疑っていること周りは全て伏せた。伏せすぎて谷川は納得しないかもしれなかったが、谷川には既にアイスバーを買い与えているので、納得する、しないよりも仕事を優先するように考えたようだ。
「出来るか?」
「出来なくもないけど、IPアドレスを割るのはアレだからなぁ…追加でシャーベット奢ってくれるなら。」
「いいよいいよ、それくらい奢ってやるよ。」
「あっそう。でさ、青原、お前さ、なんで…」
「なんだよ。」
「否、なんでもない。」
そう言って谷川はキーボードを打ち出した。僕はこういうパソコン系はからっきしなので、谷川の存在は本当にありがたいと思っている。
ものの三分程度で、一番最初の「殺人姫」という書き込みを見つけた。
38 名前:名無しの被害者 2009/6/XX(月) 03:24:11 ID:hMMiGiiE0
犯人って女性らしいね。「殺人姫」ってところかな?
何とも程度の低い書き込みだ、そう思った。
「…こんだけ?」
「こんだけ。ヒットしまくる書き込みで一番古いのはそれ。それ以外でヒットするのは、それより後のレスばっかり。」
たったこれだけの書き込みだったのか…その後のレスは「殺人姫」というネーミングセンスをあざ笑うものが多かったが、ネタが段々と浸透していき、他の場所にまで火がついて、ネット全域にまで広がったのだろうか。
「さてと、こっから危ない作業に移りますよっと。」
アイスバーを加えながら谷川は肩を回した。谷川の水色の色は更に涼しさを増していた。
ものの十分程度で、谷川はどこからの書き込みかを特定したらしい。
「ネカフェだね、若木町の。」
場所は若木町駅前のネットカフェ。部屋数は四十以上ある上に漫画の揃えも良く、終電を逃したサラリーマン達が一夜を過ごすのにちょうどいい施設として何気に人気がある。ゲームの揃えも良く、若木町周辺のネットゲーマー共御用達の場所である。
で、ネットカフェとは相手も周到か、ここで住所が割り出せれば特定は楽だったのだが…。
「谷川、これ誰が書き込んだか判るか。」
「分かるわけ無いじゃん。IPだけじゃパソコンの特定まで出来ないし、よしんば出来たとしてもこのネカフェは会員制じゃないから人物の特定は無理だよ。監視カメラをハックしても良いけど、誰がどの部屋に入るか、まで分かるわけ無いし、そこまでやるなら焼き肉奢ってもらうレベルになるけど。」
谷川の言う通りだ。焼き肉の食わせ損になることはほぼ間違いないので、監視カメラは止めてもらった。
打ち止めだ。僕に出来る手は何も無くなった。
「まぁアイスバー一本やるから元気出せよ。」
自分で買ったアイスバーを人から貰うのは釈然としないが、そういう取引だったのでそれは仕方がない。カルピス味が口の中に広がった。
「で、もう、終わりかな?」
「…今考えてる。」
僕の思いつきは空振りに終わった。後は僕自身が持つ特別な情報はない。
「…被害者のリストとか作れるか?」
既存の情報を見直すくらいしか、思いつくことはなかった。
「余裕。ていうか自分用にもう作ってあるから。追加報酬は無しで良いよ。」
とんでもなく用意の良い親友その二には感謝の言葉すら思い浮かばない程感謝している。
谷川が差し出したのは特定出来た被害者には顔写真が載っていて、現場の様子や遺体の状態が事細かに書かれている、まさに調書のようなリストだった。
「谷川、これってさ、」
「警察の、サーバーを、ちょこっとね。」
ヒロさんに捕まっても、俺は助けないからなー。
さて、リストを手にしたとはいえ、特に新しい情報があるわけではない。僕が碌にニュースを見ていなかったので、知らない情報があると言う点では、まぁ新しいと言えなくはないが、本当の意味で新しい情報がある様には見えなかった。
「まぁ実際ニュースでやったのとまんま同じだし、見やすく纏めたってだけだよ。」
椅子をくるくる回転させながら谷川は言った。
「……………………。」
もしかすると警察が見逃した、被害者の何か共通点があるかもしれない。期待は薄いが、もうそれしか今出来ることはないのだ。
特に職業に共通点はないし、年齢もバラバラ、男女もまちまち、若干男子が多いくらい。遺体の状態もまばら、発見現場は若木町周辺で固定されているけどそれはどうでもいい。出身地は?まぁこの辺が多いよな、当たり前か。何だ、背の高さとか?全然違う。上は180から下は140まで分散。視力は、書いてないか、眼鏡だけを襲うとかはないか、髪型は、違う、紙の色は、金やら茶やら銀染めやら紫やらバラバラだ。携帯の機種とか…
ん?金やら茶やら銀染めやら紫やら…?
リストを見直す。各人の特徴の項を読み上げる。
「金、金、茶、茶、茶、銀、白、金、紫、金、金、茶、白、青、金、茶、茶、金、金、茶」
「髪の色もバラバラだろ、どうかしたのか。」
「そうなんだよ、髪の色はバラバラなんだけどさ、それはつまり髪を染めてるって共通点にならないか?」
「ん、ああ、成る程、そうとも言えるな。」
「被害者二十二人中二十人が髪を染めている、これは何かあるんじゃあないか?」
「白髪は老人のだろう。髪を染めているって言うより、黒じゃない髪って言う方が正しいかもな。黒髪の残り二人が気になるが、うん、90%を超えてるのはかなり怪しい気がするな。」
髪の色がバラバラであるから共通点がないのではなく、毛を染めているか染めていないかで共通点を見つけることが出来た。これに警察は気付いているのか…?
「んー、なんで髪を染めているやつが狙われてるのかな。」
谷川が椅子の背に顎ののせながら呟いていたが、そんなこと僕が知るわけがない。それこそ殺人姫本人に聞いてくれ。
「これ警察に言った方が良いのかなぁ?」
携帯を取り出す。僕のアドレス帳の中には必殺の切り札、柏木弘人への緊急連絡先がある。そのカードを今直ぐ切るべきか。
「否、下手に切らない方がいいんじゃないかな。ここでマスコミが大々的に公表しちゃったら、殺人姫だって何を起こすか、今度こそ解らなくなっちゃうよ。」
谷川の言い分も最もだ。しかし、これは被害者を食い止め得ることが出来る最重要な情報だ。今すぐにでも多くの人に伝えることが出来れば、被害を食い止めることが出来るのに…。
「じゃあさ、こういうのはどう?」
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた