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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 手料理と言ってもレトルトカレーを解凍した冷凍ご飯の上にぶっかけただけのものだったが、五条さんの家で食べる料理となると、レトルト食品でも美味しく食することが出来た。遅くなるつもりはなかったけど、なんかぐだぐだと時間が過ぎていくなぁ。五条さんの食事スピードは相変わらず遅いし。僕だけが食べ終わるのもあれなので、五条さんに合わせてかなりゆっくり目に食べた。最後の方はカレーが温くなっていた。
 結局八時頃になっていた。何だか危ない時間になってるなぁ。前にもこんなことあったぞ。五条さんはありがたくも食後の(紅)茶も振る舞ってくれた。濃かったけど。
 いつの間にか時間は過ぎていたが、寧ろ体感的には時間がとてもゆっくりに感じられた。ゆったりとした五条さんの動き、濃い紅茶に甘めのカレー、壊れた家具、何もない部屋、時計すらない。時間と言う概念を忘れ去った空間。この部屋はあるいは、外とは異なった時間軸に位置しているのかもしれない。ゆっくり感じたからこそ、いつの間にか時間が過ぎていたのか。逆精神と時の部屋か。楽しいことが過ぎるのは一瞬ということか。
 しかしこの時間は冗談じゃなく危ない。若木町連続殺人事件の遺体は決まって九時前後に発見される。それはつまり九時前には誰かが殺されていると言うことだ。今は八時十五分、そろそろ帰らないと連続殺人に巻き込まれかねない。あるいは、金曜のような、悪夢のような現場に居合わせるかもしれない。正直あんな目に遭うのはごめんだった。
 五条さんはここに帰ってから一度も外に出ていない。彼女が殺人姫であるならば、そろそろ行動を開始するのだろうか?九時まで、否、遺体が発見されるまでは彼女と一緒に居た方が良いかもしれない。遺体発見の報を聞けば、それはすなわち僕を証人として、五条五月の潔白を証明することとなる。
 殺人姫が人を殺すのは一日に一人、誰かが死ねば、僕が教われる心配はない。何だか生け贄を捧げているような行為でもあるが、態々殺人姫に殺されにいくわけにもいくまい。ニュースがそれを報道するまで、五条さんの部屋に居た方が良い気がする。いっそ外に出るのは危ないから、朝になるまでここに居させてもらう…案は却下した。違う犯罪者が捕まってしまう気がする。
 …待てよ、僕は彼女から片時も目を離さなかったかと言われたら、答えはノーだ。彼女は一度だけ、着替えのために違う部屋に行った。僕は覗きをしていないため、その時の彼女の様子はわからない。もしも、クローゼットと思おしき部屋が、着替え部屋でも何でもなく、外に出るための隠し扉があったとし…
 待て待て、彼女が着替えていたのは高々十分程度だ。しかもそれは三時三五分頃のことだ。九時前後に遺体が発見されるとして、三時半ではいささか早すぎやしないか。大体十分で誰かを殺してここまで戻って来れるものなのか。大体、隠し扉なんていくら何でも非現実的すぎる。一軒家なら疑えなくもないがここはマンションだ。隠し扉を作るとなると大規模な工事が必要だろう。そんな時マンションの他の住民にどのような言い訳をする?殺人のために隠し扉を作るメリットは無いに等しい。普通にドアから出れば良い。アリバイ作りのためにしてはリスクが多い。
 違う、彼女は殺人姫じゃないんだ。証拠がなかった、これ以上疑う必要が何処にある。今はここで、若木町で遺体が発見された速報を待てば良い。余計なことを考えるな。
 が、よくよく考えたらこの部屋にはテレビがなかったということに気付いた。
「五条さんはさ、テレビ見ないの?」
「見ないわ。」
「…なんで?」
「見る必要がないから。」
 必要ないもんかなぁ、そりゃ絶対に見なくちゃいけないものでもないけどさ。
 ないならないで、携帯電話でニュースサイトを見れば良いかな。しかし二人きりなのに携帯電話をいじるのも気が引けるなぁ。トイレを借りてその中で見ようか、あるいは十時以降に帰ってニュースを見ればそれで終わりか。さてどうする、アドベンチャーゲームだとここで選択肢が出ていそうな場面だ。一番は速報が出るまでここに居させてもらうことだが、健全な男子高校生が九時過ぎまでクラスメイトの女子の部屋に居ると言うのは、客観的に見て危ない気がする。五条さんはそんなこと毛程も気にしていないように思えるけど。帰った方が良いのだろうか。否、普通に考えればもう帰ってなきゃ危ない時間なんだ。五条さんは余り気にしていないように見えるとはいえ、僕が彼女を疑っていることに気が付かれたくない。これ以上残っていると、変に勘繰られるか…勘繰っているのは僕の方、か。セキュリティの確認と言っておいて、食後の茶まで飲んでいるのはかなり矛盾している気がする。夕食をいただいた時点でかなり矛盾してるけどさ。
 五条さんを見る。まだ紅茶をすすっていた。疑われているとは思っていないだろうが、これ以上居座ると流石に変に思われそうな気がする。やっぱり話題はないし、居たたまれないという程ではないが、何だか自分がこの場には場違いな存在である気がしてきた。まぁ事実、僕は五条家とは関係のない他人だから、場違いであることには変わりないのだ。
 …帰ろう。もう、この場所で知り得るものはないだろう。
 置いていた鞄を手に取り立ち上がった。
「今日は、もう帰るよ。」
 五条さんはまだ紅茶をすすっていたが、僕が一言言った後はカップから口を離し、
「そう」
 と言って立ち上がった。玄関までは見送るつもりなのだろう。
 五条宅にはなにも疑うようなものは発見されなかった。赤い色が殺人の色であることの証明は、残念ながら叶わなかったわけだが、それはそれで、五条さんが殺人姫ではないということの根拠にもなる。どっちにしろ、僕にとってはおいしい結果であったのかもしれない。
「今日はありがとう、ご飯美味しかったよ。」
「?」
 む、初めて見る五条さんのキョトン顔。そんな顔されても、何が言いたいか僕にはわかりません。
「セキュリティの確認って言ってた…」
「…うん。」
 いやまぁ、それはそれとして、ご飯ありがとうって意味で受け取ってもらって構いませんので。でもまぁとりあえず、嘘のフォローくらいはしておいた方が良いかな。
「…この家は安全だと思うから、安心して良いよ。」
「そう」
 靴を履き、ドアノブに手をかける。
「青原くん。」
 そこで呼び止められた。
「うん?」
 背を向けたまま返事をした。何か忘れ物でもあったっけ?
「今日は、何故、私の部屋に来たかったの?」
うん、えーっと、
「それは、だから、一人暮らしで危ないのかなって思って、それで」

「本当は、なんで来ようと思ったの?」
 本当、は、って、え?

「い、いや、だから、その」

「私の部屋に来たかった、本当の理由は、何?」
 僕の嘘が、バレている?い、いや、確かにバレバレの嘘だったけど、なんでそんなことを今更、僕が帰ろうとしているこのタイミングに、嘘だとわかっていたのになんで夕飯まで出して、なんで、僕を、こんな時間まで、泳がせていたのか?
 ここで本当の理由を話すべきなのか?クラスメイトが殺人姫なのではないかと疑っていたことを…?そんなこと言えるわけがない、言えるわけない。

「な、なんでそんなこと」