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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 それは、仮に何らかの証拠が見つからなくても、あらゆる可能性から彼女が殺人犯であることを疑うことができる、という理屈になる。…馬鹿らしい、そんなことを言ってしまったら世の中のありとあらゆる人間が殺人犯である可能性を否定出来なくなる。そんなことがあってたまるか。いきなり警察に、あなたは殺人の容疑があります、あなたは自分が殺人犯でないことを証明出来ないですよね?だから家宅捜索させていただきます、なんてことがまかり通っていいはずがない。事実僕は殺人犯でもなんでもない。
 何らかの証拠が見つからないのであれば、彼女は殺人姫ではない。それでいい、それに何の問題がある、青原雪人。
 とにかく調べよう。幸い彼女の動作は知っての通りとても遅く、それが着替えというとても複雑な行為であればなおさらだろう。ドアの音も聞こえたし、彼女がクローゼットからでるのは直ぐに察知出来るだろう。ドアの音に気をつけつつ、探りを入れるとしよう。

 僕はこの時、彼女が殺人姫であってほしいのか、そうであって欲しくないのか、自分でも理解していなかった。

 探す、といっても探すほど何かがこの家にあるとは思えない。それほどに何にもない部屋だ。広さは八畳くらいだろうが、ものが何もないせいか、空間がより広く感じられた。壁紙は無機質な白色で、カサカサと動き回るあの気持ち悪い某虫が出たら直ぐに気付くことが出来るだろう。というか、ここまで何もないと某黒い虫はこの部屋には住み着いていないのかもしれない。隠れる場所が極端に少ないのだ。
 リビングには何もないのでキッチンを物色することにする。流石に生きるために必要な食物を扱う場だ。何もないなんてことはないだろう。
 当然、冷蔵庫がある。取っ手が壊れており、扉を開けるのにコツがいった。マンション自体に加え家具もボロい。冷蔵庫の中には遺体の腕とか、とても嫌なものが入っている想像を一瞬してしまったが、なんてことはない、缶詰や野菜、鶏肉や卵などオーソドックスなものが入っているだけだった。ついでに残り物もある。昨日の夜は煮物を食べたのだろう。ポケットには2リットルのボトルのミネラルウォーターがある。容量半分ほどの飲みかけだった。
 次にシンク周りを物色する。シンクの下の扉の内側には刃物が保管されていた。血が付いているようには見えない、が、なんだか柄の部分にひびが入っていたり凹んでいたりと色々危ない。柄がパッキリ割れて刃が足の上に落ちてきたら一大事だ。次の日から足をひょこひょこさせて歩くか、最悪松葉杖の世話になることになる。
 …足をひょこひょこさせている五条さんは可愛いかもしれないな。などという間抜けで不謹慎な想像をしている場合ではなく…。
 食器棚を見ようか、と思った時に遠くでドアが開く音がした。タイムオーバーだ。次のドアが閉まる音が聞こえる前に大人しく元の場所へ戻った方が良いだろう。各種扉が閉じているのを確認した後、僕は座布団へと戻った。一応探りを入れてたことはバレない方が良いだろう。座布団に腰を降ろしたのと同時に、ドアが閉まる音が聞こえ、後に私服の五条さんがリビングルームに戻ってきた。
 五条さんの私服は少しだけフリフリのついた、ノースリーブの真っ白いワンピースだった。あの金曜日に見かけた時の服装と同じかもしれない。白い色が彼女の無機質さを表している気がした。彼女の美しい黒髪と、真紅の魂をより際立たせてもいる。その色の対比がとても美しく、すごく可愛かった。
 「お茶、入れるから、待ってて。」
 見蕩れていて返事なんて出来なかった。五条さんは返のあるなしなんて関係ないのだろう、僕が先ほど物色したキッチンで湯を沸かし始めた。

 お茶というから緑茶だとばかり思っていたが、湯飲みに入っていたのは黄緑色の液体ではなかった。茶色い。麦茶か烏龍茶か、くい、と一口含むと、そのどちらでもないことに気付いた。
 これは紅茶だ。
 よく見ると、自分が持っているものが湯飲みでないことに気付く。指にざらり、とした嫌な感触を感じると思ったら、何かが欠けていて小さな突起になっていた。これは取っ手が付いていた後だ。これは湯飲みではなく取っ手が壊れたティーカップだ。何かおかしいと思ったんだ、なんか模様が洋物っぽいし、茶托にしては割れ物っぽい外見してるしね。これといい、冷蔵庫といい、包丁と良い、五条さんは壊れたものを大事にとっておくタイプの正確なのだろうか。包丁や割れ物みたいな壊れると危ないものはさっさと処分して新しいものに買い替えた方がいいと思うよー。調べたのがバレかねないので言わないけど。
 というか、紅茶ならミルクが欲しい。これも言う気はないけど。冷蔵庫の中にミルク無かったし。
「………」
「………」
 ずずず、と紅茶を啜る音だけが部屋に響く。物がない部屋だから余計に響く。僕は何となく、彼女が先に口を開けるのを待っていたのだが、よく考えると五条さんの家に行きたいと言ったのは僕であり、それは何らかの理由があってきた、と彼女が思うのは当然で、その何らかの理由を僕が話さない限り彼女から話すことは何もないんだよね。だから僕から話さなきゃいけないんだけど…さて、その何らかの理由はもう達成してしまった訳で(十分に調べた、とは言えないが)、そして言い訳はやっぱり考えていない訳で。

「何故、私の部屋に来たかったの?」
 と彼女から質問させるはめになってしまった。
「あー、あー、あの、うん、うん」
 うん、何にも思いつかない。
「あのさ、えっとね、えー…」
 先の教室のような恥ずかしい言い訳チョイスはごめんだった。さっきとは違って人目がないから別に大丈夫とか、そういう問題じゃない。いろいろと、僕の尊厳とかプライドとか超えてはいけない一線の問題とかだ。
「い、いやさ、最近若木町物騒じゃない?女子一人だと危ないし送っていった方がいいんじゃないかなー、って、ほら、ね、うん」
「私の家に行きたいと言った。」
 ぐ、くそ、これは駄目か。というか女子一人だと危ないから送っていくってそれはそれで危険な発言の臭いもするぞ。
「く、ぐ、あ、あれだよ、あれ、えーっと、そう、一人暮らしって言ってたから僕が料理を…」
「作れるの?」
 作れません、寧ろ作って欲しいくらいです。
「うぐ、く、ぐぐ、う、ん、んーん、く、んん、そ、そう、最近物騒で、一人暮らしで大丈夫かなーって、セキュリティの確認をさ、クラスメイトとしてはそれを心配になってきて、さ、はは、は」
「………」
 今度のはどうだ?言い訳にしては良く出来ていた方な気がする。別に言い訳コンテストをしてる訳でもなし、五条さんの判定を待つ…。
「…そう」
 セーフ、セーフだ。ギリギリセーフ。スローカメラじゃないと判断出来ないほどに微妙な判定だったんだろう。僕の滑り込みヘッドスライディングはなんとか白いベースにタッチすることが出来たのか。良かった良かった。巧いセーフティーバントだったというわけだ。その前にバントを二回失敗しているような気がするが。結果オーライ、終わりよければ全てよしなのだ。
「ありがとう、青原君」