【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
五条さんは若木町からこの学校まで通っている。登校手段は当然バスで、彼女の家に行くにはバスを使う事になる。僕の自転車は近くのコンビニに停めることにする。長居するつもりはないが、もしも長く居過ぎる事になると、帰る頃には校門が閉まって駐輪場に辿り着けなくなってしまうからだ。
いやホント長居するつもりはないんだけど。
僕の思いつきの発言で、五条さんの家にお邪魔する事になってしまったが…考えようによっては良い事なのかもしれない。物的証拠が見つかれば、彼女に話をしてもらうよりも確実で客観的な究明になる。
…いや待て、もしも殺人の物的証拠が家にあるというのなら、どうだろう、僕を家に招くという行為自体あり得ないのではないか?凶器等の物的証拠を上手く隠していたとして、それでも他人を家に上げたいとは思わないだろう。
つまり、五条さんが僕を彼女の家に入れるということは、彼女は殺人姫ではないということなのではないということなのか。
…おいおい僕は忘れたのか、先週の金曜日の事を。彼女にはあんな現場を一分程度で再現する事は出来ないのだ。だから彼女は殺人姫ではないと、僕は散々僕自身に訴えていたではないか。
ということを考えていないと、間が保たない程に五条五月は無口だった。否、考えているだけだから実際間なんて保っていないんだけど。そもそも保たなければいけない間なんて最初からないか。僕が一人でそわそわしているだけで、五条さんはどこ吹く風だ。女子と二人でバスに乗るということなんて今までの人生では一度もなかったので、こうもそわそわしているのか。というか女子の家にお邪魔するというのがそわそわするそもそもの原因か。
花笠さんの家に行くときと偉い違いがあるのはなんなんだろう。花笠さんが犯人である事を、事前に確信していた事と、五条さんが殺人姫ではないと信じきっている事、この差が挙動に現れているのか。
若木町まではまだまだ時間がかかる。沈黙はしばらく続くだろう。ふと隣を見る。五条さんは僕にはさして興味がないのか窓の外を眺め続けていた。彼女の黒い髪が目に入る。長く美しい黒い髪がさらさらと、車内の冷房で流れている。触れたら、どんな手触りがするのだろうか。少し触ってもばれないだろうか、さきっちょを指に絡ませるくらいなら…って、何を考えているんだ僕は、変態か。
髪の毛の間から一瞬見えるうなじにドキリとしてしまった。なんだ、僕はうなじフェチだったか。そんな覚えはないんだがなぁ。これから、殺人者であるかもしれない人間の家に踏み込むというのに、この緊張感の無さは正直どうなんだろうと自分でも思う。花笠さんの時とは本当に違いがある。まぁあの時は彼女の方から来いって言われたしなぁ、今回は僕から頼んだんだし違うのは仕様のないことなのかなぁ。逆に一度花笠邸に行っているから、慣れてしまったとか…慣れてるのに何故緊張しているのか、思考が完全に支離滅裂になっていた。
と、また馬鹿な事を考えている間に五条さんが降車ボタンを押した。
「…次で降りる」
「…うん」
終点だから、押す必要はないんだけど。
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた