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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 何回目のチャイムの音だろうか。多分、生徒達ががたがたと動き、財布を片手に廊下に走り出しているところを見ると、今は昼休みなのだだと思う。
 大輔と谷川が弁当を持ってやって来た。やはり昼休みなのだろう。
「メシだメシ、腹減ったぜー。」
 大輔が慣れた手つきで隣の席をひょいと持ち上げ僕の席にくっつけ、いつもの昼休みの机の状態にした。
「青原、未だ風邪気味なんじゃない?ちょっと顔色が悪い気がするけど。」
 谷川が心配してくれたが、お前に心配されるよりは女子に心配された方が嬉しい。
「そうかもな、多分まだ、本調子ではない、と思う。」
 自分のことなのに、やけに他人事だなと大輔に言われた。まだ本調子じゃないのも事実だが、他人事なのも事実かもしれない。
 どうにも、今、この空間に現実味が無い。
 赤く変貌した花笠さんの色、それに気付いているのはこの眼を持つ僕だけだ。故に違和感に気付いているのは僕だけなのだ。
 僕だけが知る、ゆがんだ現実、僕だけが知っている、壊れた日常。
 否、もしかしたら、違和感に気付く人もいるかもしれない。色の違いではない。
 彼女は今日、バットを持って来ていなかった。
 彼女は金属バットを愛刀と称し、毎日バットケースに入れて学校に登校してくる。それこそ、僕は花笠さんがバットを持って来ていないところを見たことがない。肌身離さず、という言葉が似つかわしい程、彼女とバットは話すことの出来ない関係だ。
 ついでに言うと、彼女は基本的に遅刻をしない。今朝はギリギリで遅刻を免れたが、あんなギリギリに登校することも今までに無かった。
 忘れたバットと遅刻、どちらか一つならそう言うこともあるのかな、と思えなくもないが、同時に重なると何か不吉な予感がするものだ。

 ああ、そして何だっけ、昨日の遺体はどんな状態だったっけ、思い出したくない。思い出したくないが、忌々しい、テレビのテロップが蘇る。

 撲殺死体。遺体は全身を『鈍器のようなもの』で殴られたような痕があった。

 また更に、嫌な事実が重なる。

 忘れた金属バット、遅刻、撲殺遺体。

 これくらいなら、朝のニュースをチェックしている人間、谷川当たりなら思いつくのかもしれない。
 そしてまた、思いついたとして、「そんな馬鹿な」とその考えを一蹴する。まさか、自分のクラスメイトがそんなことをする筈が無い、ありえない、今まで一緒に過ごしていたのに、そんなことがあってはいけない。そうやって否定し、推理を無かったことにする。
 ああ、僕もそうやって、自分の考えを無かったことにしたかった。
 色だけじゃない、朝一でヒロさんが持って来た校章付きのボタン、それがある。
その証拠品で、犯人はこの烏山高校の生徒である、というところまで制限された。だから、僕は、この考えを、まさかクラスメイトが、と一蹴することが出来ないのだった。
 大輔と谷川が何時の間にか弁当を広げていた。五条さんも何時の間にか振り向いていて、弁当箱を開けているところだった。僕も何時の間にか弁当を広げているところだった。多分大輔に言われて弁当を取り出した、ような気がする。
 最悪の気分だ。
 花笠カオリが犯人なのではないかと思ってしまっている自分自身を殺したかった。
「…あれ、花笠さんは?」
 いない。彼女のことばかり考えていたくせ、当の本人を忘れていた。
「あー?アイツなら外出てったかな。パンでも買いに行ってんじゃね?」
 …彼女が購買部に食べ物を買いに行くことも、初めてなんじゃないのだろうか。まぁ遅刻したんだから、寝坊して弁当を作る暇がなかったと考えられるけど。
「よーおまたー。」
 と言ってパンを手に、花笠さんが戻って来た。
 変わることの無い、赤い色をしたまま。

 手近な椅子を奪って花笠さんは僕たちの机についた。
「かなり遅かったな、購買混んでたのか?」
 遅かったのか。気が付かなかった。よく見れば僕は自分の弁当を半分程食べたあとだった。五条さんは殆ど食べ終わり、大輔と谷川も七割程食べ終わったか、というところだった。僕が一番遅いのは、やはり惚けていたせいだろう。
「まーな、そこそこ混んでたから大したもん買えなかったよ。」
 彼女はそう言って手に持っているメロンパンをかざした。
「ていうかお前が買い食いなんて珍しいな。食費だって馬鹿にならないって何時か言ってなかったか?」
「アキモト、そりゃあお前、弁当を作る時間がなかったんだよ。」
 確かに遅刻したということは、寝坊か何かで作る暇がなかったんだろう、と思えることは出来る。
 それが寝坊であれば、どれだけ良いことなのだろう。
「今日はいつものバットも持って来てないよね。何かあったの?」
 谷川が余計なことを聞く。
「いやさ、寝坊してめっちゃ急いでたからついつい忘れちまったのさ。」
 だが花笠さんは極普通の返答をした。
 ふぅん、と大輔と谷川は納得がいったような、いってないような微妙な表情で食事に戻った。

 遅刻と忘れ物のバット、二つの希有な事象は今の彼女の答えで納得出来るだろう。
 僕以外の生徒は。
 僕にはまだ、何故彼女の魂が赤くなったのか、その原因がわかっていない。それがわからないと、僕は二人のように納得して引き下がることは出来ない。恐らく、昨日何かがあった。彼女の魂を、精神そのものを変貌させるような何かがあった筈だ。
 否、僕は彼女とは金曜日から会っていない。もしかすると彼女の色は土曜日の時点で変貌していたのかもしれない、という可能性はある。
 しかし、そんなことを誰に聞くことも出来ない。魂の色が見えるのは僕のこの認色の眼であればこそだ。「土曜の時に花笠さんの魂の色が変わっていましたか?」などと誰に聞くことが出来るんだ。
 今更、土曜日に学校をサボったことを後悔した。そして後悔している自分に軽蔑した。
 もし、土曜日から彼女の色が変貌していたなら、彼女を殺人事件と結びつけることも無かったのに。
 それはつまり、現在僕は花笠カオリを昨日の事件に結びつけているということである。否、僕は彼女が殺人姫である、と決めつけている。
 馬鹿言っちゃいけない、と常識は僕をたしなめるが、一方で彼女が犯人である可能性が高い、と数々の状況が僕に言い聞かせてくる。
 友達が殺人姫であるかどうかを目の前にして、僕はその友達に、どういう接し方をすれば良い?
 僕は一体どうしたいのだろう。
 それに悩んで、午前中ずぅっと、惚けていたのか。
「ていうか、お前、なんか顔色悪くねぇか?具合が悪いから遅刻したんじゃないだろうな。」
「あン?そんなに私の顔色悪いか?具合は良好だよ、寝坊しただけだって。顔色ならアオハラのが悪いだろ。」
 大輔と花笠さんとのやり取りで、彼女の顔色が悪いことに初めて気が付いた。色ばかりを見ていたから表情にまで気が回らなかった。
 確かに僕の顔色は悪いだろうが、見返してみると彼女の表情も悪い気がする。自分の顔色から僕の顔色に気を逸らせたかったから、彼女はそう言ったのかもしれない。
「まぁな、確かに病み上がりの雪人の顔色と比べりゃな。」
 本当に僕の顔色は悪いらしい。自覚はしているが、一体どんな顔なのか見てみたい。