【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
我が家から烏山高校までは自転車で通学出来る程度の距離で、そもそも今の高校を選択した理由は「近かったから」という不純極まりないものだ。だから毎日自転車を漕いで学び舎を目指すのだが、如何せん今日は異常に気分が悪い。
赤坂町は山村、と言える程に標高の高い場所に位置している訳ではないが、それなりに起伏が多く、高校に到着するまでに何度も坂を通る。病み上がり(実際には病んでいないが、ほぼ病んでいるようなものだ)にこの登校ルートはきつい。船に揺られているようだ。別に病んでいようが病んでいまいが道が変わったり揺れたりする訳はないのだが、こうも精神が不安定だと道が揺れていなくても脳そのものが揺れているような感覚に陥る。
何故こんなに気分が優れないのか、それはあの凄惨な事件現場を見たからなのか、それとも赤き魂のクラスメイトのせいなのか。
今朝、ヒロさんが見せに来たあの品。あれのお陰で最悪な想像が頭をよぎった。しかしその想像は、理屈と折り合いがつかない。証拠品と理屈が相反している。
何をどう考えても、五条さんがあの現場を作るのは、一分では不可能なのだ。だのに、何故、昨日の事件現場にはあんなものが落ちていたのか。
烏山高校のロゴの入ったボタン。昨日の撲殺死体の近くに転がっていたものだ。
ウチの高校は自己顕示欲が強いのか、ボタンには「K」のアルファベットをあしらった校章を態々入れている。ボタンには血液が付着していた。つまり犯行後に落としたということだ。
第一発見者は運送会社に務める社員で、偶然トラックでそこを通りかかった際に遺体を見つけた。発見されてから烏山高校の生徒が現場に来た様子はない。大体日曜日の夜に、高校生が制服で道をうろつく筈がない。
つまりこのボタンは、犯人のものである可能性が非常に高いということだ。ということは、犯人は烏山高校の生徒である可能性が非常に高いことになる。散々五条さんが犯人であることを否定したのに(誰に言ったわけではないが)、今朝突きつけられた現実は華奢な僕には重過ぎるハンマー・パンチだった。
いやしかし、やっぱり三日前の事件に関して言えば、五条さんが犯人であるはずがない。何度も言うが、一分やそこらではあの遺体は出来上がらない。出来ると言うのなら教えて欲しい。そいつはもう人間じゃない。
人外だ。
しかし五条さんでないのなら、誰が殺人姫だというのか。
そんなことを考えながら自転車を漕いでいるから気分が悪くなるのだ、と学校に到着した頃にようやっと思い至った。そんなに気分が悪ければ、学校に行かないでもう一日休めばよかったのに、と思うだろうが、証拠品が出た以上、いずれ烏山高校にも警察が来るだろう。
僕の日常は既に崩壊し、非日常の色に半身を染められていた。
だから、だからこそ、まだ日常を保っている学校に来たかった。何時、学校の日常が壊れてしまうかわからないから。
何より、彼女の、五条さんの顔が見たかった。
僕の日常は既に崩壊した。
僕はこれから、この眼で、何をどうすればいいのだろうか。
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた