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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 カウンセラーやネゴシエイターの本を物色するはずが、何時の間にか漫画や雑誌を手にしていた。全く駄目な人間だった。結局その本の物色は最後の方の一〇分だけという体たらくで、カウンセラーはともかくネゴシエイターは小説しか見つからなかった。日本ではあまり浸透のしていない職なのかもしれない。そもそも外国でどの程度浸透しているのかも知らないけど。
 結局碌な調べものはせずに八時を回っていた。しかも何も買っていない、立ち読みをしていただけだった。どうにも人の目が無いと堕落してしまうなぁ。この性格は仮に大学であっても就職であっても致命傷になりかねない気がする。今のうちに治しておいた方が得策かもしれない。どうやって治すのかまるで見当がつかないのがこれまた致命傷だ。
 と、馬鹿なことを考えてないでここからさっさと離れた方がいいな。本屋からバス停まではそう遠くない。というか本屋は駅のビル内にあるのでエレベーターで地上まで降下し、ロータリーまで一直線という単純極まるルートだ。ビル内なら流石に殺人姫に襲われる心配は無いだろう。皆がそう思っているからこその人の賑わいで、人が多ければ多い程目撃者が多くなるイコール犯罪者は手を出しにくいってことだ。
 予想通りバス停まではつつがなくたどり着くことが出来た。バスが来るまでの間はベンチに座って待つことにする。他に人はいないので着座に遠慮を感じる必要はない。
 回りを見渡すとかなりの人が駅に向かっていた。赤坂町には無い電車の駅が若木町にはあり、連日ここ付近のオフィスビルにビジネスマン達が働きに来て、連日こうして自宅へと帰る為に駅を利用する。大企業のオフィスがあるわけではないが、多くの中小企業の為のオフィスビルが建ち並んでいるため、若木町駅通勤時間は人の出入りがかなり激しくなる。連続殺人事件まっただ中とはいえ、かなりの人数がこんな時間まで仕事にいそしんでいるのには同情の念を禁じ得ない。流石にこんな危険な殺人事件が起きているのだから、国の方から労働の時間を縮小するか早めに切り上げるように定めるべきように思う。事件に巻き込まれる可能性は誰にだってあるのだ。こんな時に仕事優先というのは、学生の僕には全く理解出来ないのだった。
 見渡す人の魂が見える。黄色、水色、コバルト、深緑、桃色、青紫、黄緑…
ちょっと気持ち悪くなる。人混みはあまり好きじゃない、嫌でも魂の情報が目に入ってしまう。自分が人混みのまっただ中じゃないだけかなりマシだけど。
 一旦目を押さえ顔を沈ませて休憩する。見なきゃいいが、バスが来るまで暇なのでついつい見てしまう。
 再び人混みを見返す。緑色、濃紺、茶色、くすんだ黄色、青緑色、赤色、薄い緑色、って赤?

 非常に目立つ、赤色が見えた。

 赤い魂の人は滅多にいない。僕の知らない、新しい赤い人かそれとも、

 と思い目を凝らすと、見知った顔を見てガッカリしたのが先か、安堵したのが先か、自分でも分からなかった。
 五条さんだった。遠くてもこの色は彼女だと分かる。赤いと全く同じ色ではない。染崎さんはオレンジに近い緋色で、五条さんの色はまさに真紅を言える程に赤い魂なのだ。色もそうだし、あの黒く長い艶のある髪の毛も、髪の長さと比較した背の高さも五条さんに一致している。ほぼ間違いなく彼女だ。いつもと違う点は私服という点か。いつも見る高校のセーラー服とは違い、白い、若干透けているようなワンピースだった。
 人混みの中から知り合いを見つけることが出来た嬉しさからか、ちょっと声でもかけようかと立ち上がり小走りで近づこうとした。物騒だし家まで送った方が良いのかもしれないし。
 しかしなかなか近づけない。五条さんは人が帰宅の列を成す人の流れの、僕とは反対側にいた。反対側にいたのによくも見つけられたものだ、これも認色の眼のお陰か。それはそうとして、人混みでなかなか近づけず、この人の多さで女の子の名前を大声で叫ぶわけにもいかず、流れに逆らって近づくしか無かった。彼女は駅とは反対の方向に歩いている。駅の方に用事があり、今から自宅に帰ろうとしている場面なのだろう。駅の裏側には団地があったはずだ。なんとなくそっちに向かっている気がする。
 五条さんの足取りは軽く、流石現地民と言ったところか、すいすいと人が通らない場所を選んで歩く。僕はそれに追いつこうとするがどうにも人の流れを突っ切るくらいしか近づく方法が無いことに気付くまで、ぐずぐずと人という川の川岸でうろたえているだけだった。
 アーケードにまで来たところで、人の流れが途切れ始めた。どんだけサラリーマンがいたんだこの街には。
 団地にはアーケードを通って回り込まないといけないはずなので彼女がここまで来るのは当然と言えば当然だが、当の彼女を僕は一瞬見失った。
 と、建物と建物の間にするりと入り込む白いスカートの端を、僕は眼の端で捉えた。

 路地と言うのだろう、そんな道だった。否、道とも言えないか。まさに建物と建物の間だった。これは只の隙間だ。
 隙間を目の前にそんな感想が頭をよぎった。ゴミが捨ててあるわけでも、換気扇が置いてあるでも無い、普通に歩いて通れそうな隙間である。しかし僕が通るにはちょっと狭苦しいか。通れないわけではないが、女性なら閉塞感を感じること無く通ることが出来るのかもしれない。
 しかしなんだってこんな隙間を、五条さんは通ったのか皆目見当もつかない。汚くはないが、綺麗などとは口が裂けても言えない隙間だ。
 まぁ普通に考えれば近道なんだろうけど。

 この時点では僕も彼女に追いつこうと意地になっていた。人混みのせいではあるが時間を喰ってしまった以上、目的を完遂したいと思うのが人の性だと思うのだが、どうだろう。
 大した疑問を持つことも無く、僕はその隙間に侵入していった。やはりちょっと狭いが、歩きにくい程ではなかった。足下に気をつける必要は無かった。月の光が足下を良く照らし、地面には何も落ちていないことが確認出来たからだ。制服を壁に擦りながら歩いていくと突き当たってしまった。フェンスが、向こうの空間が、雑草が無秩序に伸びている空き地であること、空き地には入っていけないこと、進む方向が左であることを教えてくれた。左手を見るが、五条さんの姿はなかった。僕がもたもたしている間にとっと行ってしまったのだろう。彼女は僕に気付いてないから仕方ないのかもしれないが。さっさと声をかければ良かったと今更後悔した。
 今来た隙間を直ぐに引き返すのもなんだか癪なので、このまま進んで帰り道を探すことにする。ちょっと離れたところに道が見えるので、そこから駅に戻れば良い。そう思って歩を進めると、ぱしゃり、と液体を踏む音が耳に届いた。

「ん?」
 隙間では足下に注意していたが、もうここは狭くないので注意していなかった。何を踏んだのか、見ても分からない。月明かりでは液体の色を簡単に確認出来ない。

 黒い、液体?なんだ?
 液が、前方から続いている。

 よく見ると路地裏には凹んでいて、ここからは見えない空間があった。液体はそこから流れていた。
 生ゴミからよからぬ液体が流れているのかもしれない。否、そうあって欲しいと願っていたのかもしれない。