ちょっとした出会いから
4話
毎日、何人の人と出会いすれ違っていくのだろう。そして、それぞれの人にはそれぞれの物語がある。
ランニング中に幾度か顔を合わせているうちに、声をかけ合うようになった人たちがいる。たいていは、最初に相手の方から声をかけてくれるのだが。
「毎日よく頑張っておられますね」
「いえ、習慣ですから」
「どの位走ってはるんですか?」
「14キロぐらいです」
小型リュックを背負い不自然な足取りで歩いている人がいた。やはり相手の方から声をかけてくれてから挨拶をするようになり、立ち止まって短い会話を交わしたことがある。
膝に3キロの金属を入れたので、リハビリに毎日歩いているのだそうだ。
「松井と同じでねぇ」
「へぇ、松井、そうやったんですかぁ」
といった具合の会話で、無論突っ込んだことは聞かないが、話からおよそ10キロメートルの距離を歩いているのだと推察する。
「がんばってや」
と言われると
「お互いに」
と返すが、その気になって行き交う人たちを眺めてみると、リハビリで歩いているらしい人が結構いることに気づかされる。
池田市にある五月山のハイキングコースを走る時もある。ピークは315メートルの千代山といい、霊園になっているが、その南側にいくつかのハイキングコースが整備されていて市街地と結ばれた、なだらかに連なる山だ。
そこを走るたびに顔を合わせる人たちがいる。個々に思い立って歩き始めたようだが、自然に合流してグループとなって歩いているらしい。
「よう頑張るな」
と声をかけられて、いくどめかの挨拶の後聞いてみた。
「毎日歩いてはるんですか?」
「そうです」
実に張りのある元気溌剌な声が返ってくる。いくつだろうと考えても見当がつかない。少なくとも60歳を過ぎているのが分かるぐらいである。
毎日速足で歩いている人、毎日会っていたのに見かけなくなった人もいる。
走っている人も多い。私が走っているのは午前の通学時間が終わった頃なので、年配者が多く、また不規則勤務の人もいる。
しばらく一緒におしゃべりしながら走ることがあり、その人の人生の1コマを語ってくれたりもする。
時には膝の具合が悪いとか、体の不調を訴えあったりも。
たいていは陶酔状態というのか、ボーッとして走っているのだが、全くの他人との一瞬の出会いにかかわるのも面白いものだ。工事の交通整理の警備員が、違う場所での工事の際に声をかけてくれたりしてびっくりすることがある。丁寧に挨拶をしてくれる人もいて、恐縮することもある。
走りながらいろいろな人を観察したりする時があるが、走っている私を観察している人がいることに気付かされることがある。
私自身どういうふうに捉えられているのだろうか。聞いてみたいものである。
学生グループや男の人、若い女性に追い越される時がある。明らかに速い人であればマイペースを続けるのだが、少しスピードを上げたら追い返せそうなときはスピードアップして必死に追いかけて、追い越して彼らから見えなくなった所でスピードダウン。太腿の疲れを感じながらトロトロと走ることになる。
時には競争しているような状態になるが意地で走り、さりげなく道を曲がる。年を重ねても、負けん気だけは健在で、厄介だ。
そして若かりし頃を思い返す。自己記録を目指して自分なりに輝いていた頃のことを。
国際女子マラソンに出てたんやで、
と当時の姿をまぶたの裏に映し出すのだ。
作品名:ちょっとした出会いから 作家名:健忘真実