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鳥の如く

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久坂がまた咳きこんだ。
血を吐くのではないかと心配になる。
聞いていて、身を切られるような思いだ。
その背中をさすろうと動きかけたとき。
「寺島」
久坂がうつむいたまま言った。
「しばらくのあいだ、石になってくれないかな」
「……どういう意味でしょうか」
「柱でもいいよ。とにかく生き物以外になって」
それでようやく理解した。
「わかりました」
返事をすると、寺島は眼と口を閉ざした。
直後、久坂がまた咳きこんだ。
視界が真っ暗闇の中、その咳と雨音を聞く。
しばらくして、咳がやんだ。
「僕は」
雨音を背景にして、久坂の声が響く。
「……もっと頑丈な身体に生まれたかった」
いつもの久坂からは考えられないような弱々しい声だった。
このひとは自分しかいないと思わなければ愚痴をこぼすことができない。
こんなに弱っているときでさえ。
そう寺島は思った。
皆、このひとに期待しすぎてしまうのだろう。自分も含めて。
久坂は天の恩恵を一身に集めているように見える。
頭脳明晰で、幼いころから秀才として周囲に認められ、長屋生まれの医者の三男でありながら少年期には藩の上層部にもその名は知られるようになり、今では他藩の者からも注目されている。
優れているのは頭だけではない。
容姿や声も、際だって良い。
詩作を好んでいるが、詩を吟じるのも得意で、その美声には多くの者が聞き惚れる。
そのうえ、ひとあたりも良いので、久坂のまわりには自然にひとが集まった。
まるで光のような存在である。
だが、恵まれているばかりではない。
さっき久坂本人も言ったとおり、身体は強いほうではない。
これまでも体調を崩すことが度々あった。
それに、次兄が三歳で早世し、その後、両親や長兄も他界した。
久坂は肉親をすべて亡くしていた。
だからといって不幸だとは限らないが、少なくとも、なんの苦しみも悲しみも知らないわけではない。
しかし、久坂はその苦しみも悲しみも華やかな笑みの下に隠してしまう。
大丈夫かと聞かれると、いつも、大丈夫だと答える。
だから、つい、まわりの者は久坂を頼り、久坂に期待してしまうのだ。
「……寺島」
しばらくして、呼びかけられた。
もう生き物にもどっても良いようだ。
「はい」
「もうひとつ頼みがある」
「なんでしょうか」
「会って話をしたい相手がいるけど、会いにいけそうもないから、せめて手紙を書く。文机をここまで持ってきてほしい」
久坂は言い終わると、また咳きこんだ。
なんの冗談、と寺島は思った。
今はおとなしく寝ていたほうがいいのに。
だが、寺島は黙っていた。
さすがに出かけようとするのなら止めるが、手紙を書くだけなら、最悪でも病が少し長引く程度だろうし、そうなればそのぶん自分が世話をすればいい。
そう思い、立ちあがった。
作品名:鳥の如く 作家名:hujio