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「……ごめんね、未遠。……私には出来ない。どっちも選べない……!」
「……それは……いちばん残酷で、卑怯な答えだ……」
 男の容赦ない言葉がモリヤを打った。モリヤはわずかに顔を上げ、血走った目で男を睨みつけた。
「……あんたに言われることじゃない。わかってる」
「では……仕方が……ありませんね」
 溜息を吐くと、男は再び未遠を抱え上げた。
「残念ですが……時間です。行きましょう、……ミオ」
「いやだ、だめだよ、ディザイア!」
 未遠は男の腕から抜け出そうとして、身を捩らせた。男はミオを宥めるように背中を撫で、優しく言った。
「私が……います。……ミオをひとりにはしない」
「……でも、モリヤが……」
「……もうすぐ、夜が明ける。……それまでに、あなたは何か……食べなければ。……今は、そちらが優先です」
「モリヤ!」
 未遠が涙声で叫んだ。モリヤは両手で耳を塞いだ。
「……また、モリヤの気が、変わる頃に……迎えに来ましょう……。お元気で」
 あたりに黒い霧が漂い、モリヤを取り巻いた。霧が晴れて気が付くと、モリヤはひとり、ナイフを抱いて茫然と座り込んでいた。祭壇の前へ這っていって棺を確かめると、縫いぐるみと手紙と花だけが入っていた。モリヤは棺に縋って、慟哭した。
 ……未遠は行ってしまった。私は、取り残されてしまった……


 週一回、毎週金曜日と決まっているクリニックのカウンセリングをモリヤは三回休み、一ヶ月ぶりに榊と顔を合わせた。やつれ、目の下に濃い隈をつくって、喪服のような黒のワンピースで現れたモリヤを、榊は痛ましそうに見た。
「お久しぶりです。色々、大変なことが続いたと聞いているけど、……特に、妹さんのことは、本当にお気の毒でした」
 モリヤの妹は、亡くなっただけでなく、告別式の前夜に自宅から遺体が盗まれたとも聞いている。モリヤは辛うじてそれとわかる程度に微かに頷いた。
「最近は、どうですか。眠れている?」
「…………」
「食欲は?」
「…………」
「……つらかったら、無理して何かを話す必要はないよ。でも、もし何かあったら、何でも言ってくださいね」
 モリヤは俯いて、沈黙していた。榊はモリヤの反応をじっと待った。眠っているのかと思うほど長い沈黙のあとに、モリヤは口を開いた。
「……あの、全然関係ない話なんですが」
「うん、何でも話して」
「……私の実の母は、妊娠中に離婚しちゃって。そのあと私が全然ものごころつかないうちに今の義父と再婚して、それからわりとすぐ死んじゃって、で義父が今の義母と結婚して現在に至る、ちょっと複雑な家庭に私はいるんですけども、まあそれは別によくて」
 ぽつり、ぽつり、と言葉を探しながらモリヤは話し始めたが、次第にとうとうと、堰を切ったような勢いになった。膝の上で組んだ自分の指を凝視しながら、榊に相槌を打つ間も与えず、モリヤは語った。
「まだ実母が生きてるときに、急に母が、あんたの本当のお父さんは今のあの人じゃないんだよ、って言い出して。びっくりして、じゃあ私の本当のお父さんは誰なの、って訊いたら、母はTVの画面を指差して、この人だよ、って言ったの。先生、D’ARCって知ってます? あ、知ってる? 母が指したのが、ヴォーカルの守屋ユヅルだった。母は私が守屋ユヅルの隠し子なんだって言った。まだバンドが売れてないときに知り合って、妊娠して、別れさせられちゃったんだ、って。そんなの嘘だって反論したら、神様に誓って本当だ、何なら戸籍を確かめてごらん、とまで言った。それで私、うっかり信じてしまったんですよね。
 母はおそらくあの頃守屋ユヅルが熱烈に好きで、そういう妄想をして遊んでたんでしょうね。そのまま母は亡くなったので、本当のところはわからないけど。私は一時期、彼を父だと信じたままD’ARCのライヴに通ってた。この人が私の本当のお父さんか、って思うだけで幸せだった。疑いもせず、ずっとその妄想に浸ってたんだけど、あるとき必要があって戸籍謄本をとったら、もう全然違う知らない人の名前が書いてあって。ああ、やっぱりねって、どこかできちんとわかっていたことなのに、ダメージを受けて、ダメージを受けている自分がまたどうしようもなく厭になって。
 ……私の人生はその繰り返しというか、そういう見え透いた嘘で成り立っているような気がする。たぶん私は今、ひどい妄想にとり憑かれてるんだと思うけど、自分ではどうしてもそれを妄想だって思えない。私の中では本当に起こった、現実のことなんですよね。先生、私、ほんとに気が狂ったのかも知れない。……この一か月、私の身に起きた出来事を、ううん、私の身に起きたと私が思いこんでいる妄想の内容を、聞いてくれますか?」


 <榊真司からケイ・アッシュに宛てたEメール>

 差出人 : 榊 真司<s-sakaki@****.ne.jp>
 送信日時 : 6月10日 金曜日 23時58分
 宛先 : Ash<ashestoashes@******.edu>
 件名 : 例の女性クライアントの件

 以前書き送った件の女性クライアントが、今日、ぼくに信じがたい話を聞かせてくれた。本人は自分の語った内容が現実か妄想かわからない、とコメントしていたが、ぼくが見る限り彼女は正常だし、話の内容は非常識ではあるけれども、やはり彼女の体験談であるとぼくは直観的に思う。
 クライアント本人に許可をとったので、彼女の奇怪な物語を君も是非読んでみて欲しい。長いので、テキストファイルにして添付した。


 <ケイ・アッシュから榊真司に宛てたEメール>

 差出人 : Ash<ashestoashes@******.edu>
 送信日時 : 6月11日 土曜日 21時4分
 宛先 : 榊 真司<s-sakaki@****.ne.jp>
 件名 : Re:例の女性クライアントの件

 メールを有り難う。大変興味深く読ませて貰った。
 可能なら、俺もクライアントの女性から直接話を聞いてみたいのだが。難しいだろうか? 直接会うのは無理でも、何とかしてコンタクトを取れないだろうか。
 君が思っている以上に、俺はこの話をシリアスに受け止めている。知らせてくれた君の友情に心から感謝する。近く、電話する。


 <ブログサイト「血と無為」より>

 7月31日(日) 投稿者 : モリヤ
 
 ご無沙汰しています。
 先日は突然の停止宣言で、ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。
 実は、私の最愛の妹、Mが四月に他界しました。それに伴ってブログをお休みさせていただいていました。

 しばらくは何もする気がおきず、ベッドに寝転がって本を読むだけの日々でした。
作品名:ファッション 作家名:柳川麻衣