ファッション
僕は催眠術にかけられたように答えていた。……成長すること。体が成長して、今の、少年とも少女ともつかない、曖昧なものでいられなくなってしまうこと。モリヤは、男も女も嫌っているから……
「時間を止める方法が、ひとつだけ……ありますよ。……永遠を……手に入れる方法が……」
低い、甘く溶けるような声でディザイアさんは言った。
「……私は……ミオに永遠を、授けてあげられますよ……。ミオが、望むなら……」
僕は、ディザイアさんの言う方法が何なのかを知っていた。永遠を与えられたことで、ディザイアさんはあんなに苦しんでいるのだ、ということも。それでも僕はディザイアさんに逆らえなかった。ディザイアさんは優しく僕の手をとって、手首にキスをした……
ここで目が覚めた。と言っても一瞬はっと意識が戻っただけで、またすぐに眠ってしまったんだけど。妙に印象が生々しく、遣り取りした言葉もはっきり覚えている。……何とかここまで書いたけれど、実は今、気絶してしまいそうに眠いです。まとまりがないって自分でも思うけど、今はこれが精一杯。おやすみなさい。
<ブログサイト「血と無為」より>
5月8日(日) 投稿者 : モリヤ
美針さんの冥福を心よりお祈り申し上げます。
Mも昨日から体調を崩して寝込んでいます。とにかく怠く、頭が重くて起き上がれないのだそうです。いつもにも増して蒼白な顔をしていたので、貧血ではないかと思います。土日で病院にも行けないし、心配です。悪性だったりしなければよいのですが……
私は、体はいたって健康なのですが、周囲に不穏なことが続くので、気が塞いで参っています。つい、眠剤を多めにのんでしまいます……(でも、もうためてあるハルシオンも底をつきそうです。困ったな)
5月11日(水) 投稿者 : モリヤ
突然ですが、しばらくブログの更新を停止します。
再開の予定は未定です。予告なくブログを削除するかも知れません。おそらくそうすると思います。申し訳ありません。
今まで訪れて下さった皆様、有り難うございました。
未遠は眠っているようにしか見えなかった。確かに呼吸はしていないし脈もないのだが、生前よりよほど血色がよく、頬などはばら色をしている。大切にしていた縫いぐるみや思い出の品、花とともに棺に納められた未遠を、モリヤは飽かず眺めた。未遠がもう生きていない、話すことも動くこともないという現実を、うまく受け止められないのだった。
遺影の未遠は、ミニハットを頭にちょこんとのせて心もち首を傾げている。口が少し開いていて、あどけない。お茶会で撮った膨大な写真の中から、モリヤが選んだ。未遠はフォトグラファーの要求に忠実なモデルだったので、不機嫌そうに口を結んでいることが多く、かろうじて柔らかい表情をしている一枚をようやく見つけたのだった。
仮通夜と本通夜は他人事のように終わった。祭壇が設えられ、棺が安置されたリビングはよそよそしい。モリヤにとって高村の家はあくまで義父と義母と未遠の家であり、自分はそこに間借りしている感覚だったので、もともと自室以外の食堂やリビングなどは他人の家も同然なのだが、それにしてもまるで知らない部屋に見える。自分が何処にいるのかわからなくなる。
明日の告別式が終わったら、未遠の体は火に焼かれて、骨になってしまう。モリヤは未遠の容姿を愛していた。未遠の肉体が喪われてしまうことに耐えられるかどうか、不安でたまらなかった。せめてできるだけ、未遠を瞼に焼き付けておきたくて、モリヤはひとり、棺のそばに座っていた。
それにしても、やはり未遠は瑞々しすぎるように思えた。モリヤはそっと未遠の頬にふれてみた。氷のように冷たかったが、柔らかい感触は生きている人間のものだ。ふれたせいでいとしさが募り、手の甲で軽く額にふれ、首すじ、肩、にのうでと名残を惜しんで撫でているうちに、ぎょっとしてモリヤは手を止めた。
手首の裏側に傷がある。刺し傷のような、小さな穴がふたつ並んださりげない傷。虫さされにしては穴は大きく、深かった。もともとこんな傷があっただろうか。命に関わるような傷には見えなかったし、何かのはずみでついたのだと説明されればそんなものかと思って済ませるような傷ではあるのだが、何故かモリヤは引っかかった。何が引っかかっているのかひとしきり考えこみ、その理由に思い至ったとき、モリヤは背筋が急に寒くなった。……変死した美針の手首にも、似たような傷があったと報じられていたから気になったのだ。
モリヤは棺から二、三歩後ずさり、まじまじと未遠の死体を見詰めた。幼い頃に死んだ母の死体の印象はこんなだっただろうか、と葬儀の遠い記憶を手繰り寄せているうちに、モリヤは全く別のことを思い出した。母方の祖父が、若くして死んだ娘のためにと、短刀を遺体の胸に抱かせるように置いていたのだ。あの刀が邪気を払い、死んだ母を守るのだと祖父はモリヤに説き聞かせてくれた。未遠にも魔除けの刃を持たせてやろう。そう思いついたモリヤは、一度リビング出て自室へ戻った。ドクターズ・バッグからこのところいつも持ち歩いている銀のナイフを取り出し、モリヤは足早に未遠のところへ戻った。
しかし、遅かった。棺に歩み寄ろうとしたモリヤは、膝が崩れて部屋の入り口にへたり込んでしまった。
未遠が上半身を起こしていた。まさしく眠りから醒めたようなぼんやりした顔であたりを見回して、モリヤを見つけると嬉しそうに笑った。死装束の白い単衣姿の未遠は、よいしょ、という感じで棺から抜け出して、モリヤに向かってふらふらと歩いてきた。
「……もりや……」
「未遠……あんた、生きてたの? どうして……」
モリヤの声は掠れてほとんど言葉にならなかった。未遠は手を差し伸べながら、必死でモリヤに近づいてこようとする。モリヤに抱きつこうとした未遠は、モリヤが胸の前で握りしめていたナイフを見るや、火に触れたように飛び退った。
「……それ、嫌だ……。怖い。そんなもの捨ててよ……」
震えながらナイフを睨む未遠の瞳が紅く光っていることに気付いて、モリヤは目の前が真っ暗になったような気がした。血のような鮮やかな真紅。あの男と同じ瞳の色。
「……未遠、まさか……あんたまさか……」
未遠は仮死状態か何かだったのだ。手違いで死亡診断書を書かれて、納棺されてしまったのだ。自分でも信じてはいない仮説を、モリヤは必死で自分に言い聞かせた。この子は死んでいなかった。元々生きていたのだ。……死んで、生き返ったりなんか、していない……
「……やっと、醒きましたか」
背後から声がした。振り返るまでもなく、モリヤは声の主を悟った。ぞっとするほど低く、甘く響く声。
黒い影がモリヤの横をすり抜けた。未遠がホッとしたような顔で、黒いスーツに黒いネクタイを締めた喪服姿の男にしがみついた。
「ディザイア!」
「……遅い、お目醒めでしたね……。随分……待ちましたよ。……火葬場に着いても、目醒めなかったら……どうしようかと……思っていました」
男は軽々と未遠を抱き上げ、急拵えの祭壇を眺めて愉快そうに笑った。