ふるさと
Act 2 グラウンドの少年
故郷とはいうものの、ここには父も母もいない。それどころか、姉も、兄も、飼っていた犬さえもここにはいないのだ。
小学校の正面玄関から再び歩き出した。
右手に小学校のグラウンド、左手に住宅地が広がる。夕方というにはまだ早過ぎる時間帯で、空はまだまだ明るい。
小学校の広いグラウンドには、小学生達が設置された遊具で遊んでいる。
しかし、広いはずのそのグラウンドでは、野球クラブとサッカークラブが所狭しとひしめき合っている。
必死にボールを追いかける少年達の背中には、キラキラした翼が生えていた。
あの頃、私の背中にも翼はあった。
夢を掴むべく必死だった。何もかも捨てて必死になっていた。努力した分、必ず帰ってくる世界だったから、決して辛くは無かった。
私は事故に巻き込まれてしまい、足を骨折した。骨折から復帰したとき、みんなは格段に上手くなっていて、私は一人取り残されてしまった。
あんなに頑張ったのに、あれだけ努力したのに、どうして――
私は恨んだ。
それは神様だったかもしれないし、私の運命を操るナニガシかだったかもしれない。とにかく、私は自身の悲運を恨んだ。
みんなも努力している。
そのことを全く考えられなかった。
自分は努力している。みんなは遊んでいる。
自分は頑張っている。みんなは遊んでいる。
自分はみんなとは違う。みんなは自分とは違う。
それらは、私の中に組みあがった自分勝手な方程式だった。
私は翼を閉じてしまった。今ならハッキリと分かる。私は私自身の意思で翼を閉じたのだ。
グラウンドの隅で、右手にギブスをした少年が、一人でボールを転がしていた。
サッカークラブのユニフォームを着ており、怪我のため練習を見学しているといったところなのだろう。
野暮だとは思ったが、私は少年に話しかけた。
「サッカー好きか?」
「うん、プロになるんだ」
「そっか、がんばれよ」
「うん、ありがとう」
フェンス越しの会話はこんな簡単なものだけだった。
ただ、少年の背中の翼は、グラウンド中の誰よりも大きく広がっていて、誰よりもキラキラしていた。
私は素直に嫉妬することにした。
羨ましいと思うことは悪いことではないような、そんな気がしたからだ。羨ましいと思い、手に入るように努力することは良いことだ。