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ふるさと

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 どうかしたのかと、その窓をしばらく見ていると、正面玄関の中から彼女の声が聞えてきた。
「ひさしぶりじゃない、上がっておいでよ」
 彼女は手招きをしている。
 私はどうしようかと悩んだが、断るにしろこんなに距離をあけたままなのは失礼にあたると思い、とにかく玄関の中に入って行くことにした。

 玄関の電灯が点いていなかったせいか、彼女は私が小学生だった頃と何も変わっていないような気がした。そうして、懐かしさも手伝って、いつしか来客用のスリッパを履き、小学生の頃には掃除で数回しか入室した事のない応接室のソファにどっかりと座っていた。
 ちょっと待ってて、と私を一人応接室残して出て行ったきり、彼女はなかなか戻って来なかった。実際の時間にすれば、ほんの四,五分だったのだが、なぜか長く感じられ、当時の関わりのあった先生方が勢ぞろいするのではないかと冷汗をかきながら、やはり断れば良かったと後悔したりしていた。

 彼女は、麦茶の入ったコップを二つと、数種類のお菓子を御盆に載せてやって来た。お菓子がなかなか見つからなくって、と笑った彼女の目元や口元には、年齢を感じさせる小皺が目立ったが、それは美しい歳の取り方をしている証拠のように思えた。
 実際に、それらの小皺は彼女の顔に何の違和感も感じさせずに、そこにあるのが当たり前なのだ、と言わんばかりに存在していた。
 私は偏った長方形のテーブルの端の席に座り、彼女は正面ではなく、私の斜め横――アルファベットの『L』のような位置関係――に座った。
「どれぐらいぶりかしらね」
 彼女は私にお菓子を薦めながら言った。
「先生、僕の事を覚えてるんですか?」
 私は言った瞬間に愚問だったと後悔した。
 なぜなら、小学校の卒業式の時に、わざわざ――すでに二年間も担任ではなかった――私の所にやってきて、
 私の教師生活で、五本の指に入るぐらいに手の掛かる生徒だったわ、と私の肩にぽんっと手を置いたのだ。
 当時泣き虫だった私も、その時だけはなぜか涙を見せてはいけないと思って、先生、ありがとうございました、と笑顔で握手したのだった。
 その後も家が近くだったので、母親が焼いたケーキ等を御裾分けしに、職員室まで訪ねて行ったことが何度かあった。
 そもそも、覚えていないのならば声を掛けるはずもない。
作品名:ふるさと 作家名:村崎右近