小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

さあ、行きましょう

INDEX|4ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

「……まあ、それはともかくとして、先生がお元気そうなのがわかって良かったよ」
久坂が話を変えた。
「これまで詳しいことがわからなくて不安だった。僕がこちらに来るのはひさしぶりだからということもあるけど、それ以前に、僕は先生から絶縁されてしまっているからね」
高杉はそらしていた顔を向け、久坂を見る。
相変わらずのんびりとした口調で言った久坂の端正な顔には、さすがに、少し陰が落ちていた。
先生、吉田松風が幕府からの命で藩から江戸に護送されてきたのは、思想犯として取り調べが行われるからである。
最近の幕府は、進んだ技術と巨大な軍事力を持つ諸外国からの圧力を受け、その力をおそれ、恭順な態度をしめしている。
一方で、不平等な条約を押しつけてくる諸外国に反撥して追い出そうと活動する攘夷志士たちを反乱分子と見なし、国賊として捕らえるようになった。
高杉が敬愛している師は、攘夷志士たちによる破壊活動に直接的には関与していないが、彼らを煽動するようなことを公言していた。
幕府に盾突く者のひとりとして見られても、おかしくない。
そう郷里の藩政府も考えたらしい。
藩政府は、幕府から身柄の引き渡しを求められるまえから、松風を藩内の獄舎に入牢させていた。
それは、師の身を幕府から守るためのものであったのかもしれない。
幕府にはすでにこちらで処分していると見せ、そして、松風をおとなしくさせようとしたのかもしれない。
しかし、それでも、松風はおとなしくはならなかった。
いや、それどころか、いっそう過激になった。
高杉は師より年下ではあるが、師は純粋すぎるのだと思う。
牢の中から、松風は自分の門下生や他藩の攘夷志士に決起をうながす文を書き、ひそかに獄舎の協力者を経由して送るようになった。
これは、まずい。
そう思い、松風に自重を求める文を送り返した門下生が何人かいた。
もちろん、松風のためを思ってしたことだ。
だが、国の大事をまえにして自分の身を守ることを考えるべきではない、それを自分にうながすとは嘆かわしいと、むしろ松風は怒り、自重を求めた門下生たちに絶縁状を送りつけたのだった。
久坂は師の身を深く心配して文を書き送り、その結果、絶縁状を送りつけられた門下生のひとりである。
先生らしいよ。
のちに、久坂はそのときのことを振り返り、さらりと言った。
その顔には、やはり、今のように少し陰が落ちていたが。
しかし、そのわずかに愁いを含んだその顔は、雨に打たれた沙羅の花びらが白く潤んでいるような風情がある。
なにをしていても様になる、どんな表情をしていても人目をひく。
それが久坂だ。
作品名:さあ、行きましょう 作家名:hujio