小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

さあ、行きましょう

INDEX|3ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

一、


尊敬する師が唐丸駕籠に乗せられて江戸に来たのは初夏のことだった。
唐丸駕籠とは、竹で編んだ目の荒い籠でおおわれた、罪人用の駕籠だ。
その簡素な牢のような駕籠の中で、師は郷里から江戸までのひと月にわたる長旅の疲れからか面やつれしていたものの、背筋をまっすぐに伸ばし、その眼には陰りはなく、強い光が宿っていた。
あれから半年過ぎた。
しかし、あのときの光景は今でも鮮明に脳裏によみがえる。
思い出し、高杉の胸に苦いものが走った。
「高杉、どうかした?」
正面から、問われた。
よくとおる美しい声だ。
現実に引きもどされる。
自分は、今、江戸の藩邸にわりあてられた自室にいて、郷里からこちらにやってきたばかりの友人と話をしているところだった。
「思いきり顔をしかめてるけど、具合でも悪いのかい」
重ねて問われた。
高杉はいっそう顔をゆがませ、その声のほうに顔を向ける。
「こんなときに笑っていられるわけがないだろうが」
不機嫌をあらわにして、にらみつけた。
しかし、その相手は平然とした様子を崩すことなく畳に座っている。
「まあ、たしかに状況は深刻だけどね。だけど、四六時中、重苦しい顔をする必要はないんじゃないの」
高杉と同じ年頃の青年はいつもの美声でのんびりと言って、笑った。
美しいのは声だけではない。
笑うと、牡丹の花がふわりと咲いたように、あたりが華やぐ。
久坂義人は水際だって美しい容姿をしている。
その声は声変わりを経て深みを増し、つややかだ。
詩を吟じることを得意とし、それを聞けば、鳥ですら聞き惚れて飛ぶことを忘れて空から落ちてくるだろうとまで言われている。
さらに、頭まで良い。
郷里の藩では、その端麗な容姿だけではなく、頭脳の明晰さでも、その名はよく知られている。
おもしろくない。
そう高杉は思い、次の瞬間、まるで嫉妬だと気づく。
「人相が悪いのは生まれつきだ」
自分の内側のものを打ち消すように、久坂から顔を背け、吐き捨てた。
「それはどうだろう。僕は高杉の人相が悪いとは思わないよ」
「うるせェ」
「口は悪いけどね。生まれも育ちもいいはずなのに」
おかしそうに、久坂はまた笑う。
思わず見とれてしまいそうな笑顔である。
つい眼が行き、しかし、それに気づくと、高杉は即座に眼をそらした。
むっとした表情で黙りこむ。
外見について久坂にほめられても嬉しくはない。
それに、生まれや育ちについてここで触れたのは、余計なことだった。
お坊ちゃんなのに、と揶揄されたような気がして、不快だ。
自分の外見は自分が望んでいるのとは真逆である。
背が低くて、華奢で、細面で、男らしい荒削りなところがほとんどない。
それが自分だ。
行儀良くしていれば、まさしく育ちの良いお坊ちゃんに見えるだろう。
雅であることを望む者にとってはむしろうらやましいぐらいかもしれないが、自分は違う。
小柄だとあなどられるのは、嫌だ。
だから、わざと乱暴な口のきき方をしたりする。
厳しい表情を作って、あまり笑わないようにもしている。
似合っていないのかもしれないが。
作品名:さあ、行きましょう 作家名:hujio