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ゲップ羊と名ピアニスト

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 冷たい声には透徹された強い意思が感じられた。そしてその強さゆえにそれを感じずには居られなかった黒川は視線をはずし俯く。
 しばし黙り込んだ後顔を上げると小さく頷いた。
「……わかりました」
「おいっ!」
 すぐさま久保田はその態度を強く咎める。久保田の生からの逃避への執着はそれほどまでに強い。
 いきなり現れたわけのわからない奴に言いくるめられてまたあの世界へ戻されるなんて冗談じゃない。
「構いませんよ、幾ら抵抗していただいても。あなたは私に危害を加える事はおろか、この部屋から出ることもできませんし。ご納得いただけるまでこの部屋でゆっくりと過ごされては?」
「なっ…に?」
 豊崎の視線は久保田には向いていない。その態度が久保田の不安を煽った。
「水も食料もなくとも問題ないですしね。肉体を失い、飢える事も病むことも無い。ある意味完全の不死ですね。これ以上死ぬことは無いんですから。あ、当然眠ることもできませんよ」
 豊崎の久保田への脅しとも取れる発言に、横で話を聞かされている黒川の背筋も凍る。
「それって……」
 関係の無い黒川にですらその恐怖は想像に難くない。久保田にですら理解できるはずだ。豊崎の脅しの意味が。それが意味することはつまり、
「あなたが嫌った生が永遠に続くんですよ。死者としての生が、この狭い8畳ほどの空間で。永遠にね」
 その台詞は久保田にとって決定的な一打となった。そんな脅しを向けられては強がるまでもなく、豊崎に従わざるを得ない。
 死ぬこともなく眠ることもできない。終わり無き永劫の無為を、唯孤独に過ごすなど想像しただけで恐ろしい。そんな環境にあってはまともな精神状態など保てるはずなどない。それどころか発狂し倒錯することが可能なのであればそれこそ御の字なのかもしれない。それさえできればなにも感じる事はなくなるからだ。それは死と同義だ。しかし豊崎の口振りからはそんな救いの道すら用意されてないのかもしれないと久保田は恐れた。
「わかった。あんたに従うよ」
 そう一言、絞り出すように呟いた久保田は、ふらふらと自分の蹴倒した椅子に近づき拾い起こすと腰を落ち着けた。
「ご理解いただきまことに感謝いたします」
 一転声のトーンを能天気な方に切り替えた豊崎は、冷たい目すら瞬時に切り替え、笑みを湛えている。