ゲップ羊と名ピアニスト
「俺たちは生きるのが嫌で自殺したんだ。それなのにもう一度生きろだと!?ふざけんな、冗談じゃねぇぞ!」
早口で怒声をまくし立て豊崎に掴み掛かる。
しかし確実に豊崎の背広を捉えた久保田の手は空を切った。
勢いあまってたたらを踏みながら呆然とする久保田を、先ほどまでとは打って変わった冷たい目で一瞥した豊崎は、声のトーンをガラリと変え喋り出す。
「生きてる私には触れられませんよ、あなた死んでるんですから。それとね、輪廻転生にあなたの意思は関係ありません。あなたの意思が及ぶのはあなたの生の範囲内だけで、それはあなたご自身手で終止符を打たれたのでしょう。残念ながらあなたの魂の所有権はあなたにはないんですよ。これから輪廻転生を行います。私がするのはあなた方が死んだことと、これからする輪廻転生に関しての説明だけです。それが終わればすぐにでも輪廻転生を行っていただきます」
途中から豊崎の視線は久保田から黒川に移っていた。久保田と同じように黒川にも反抗されては適わないということだろう。
その視線の意味を汲み取った黒川は、一瞬の逡巡の後、疑問をぶつける。
「拒否権は無いと?」
久保田のように暴れだしたりはしないが、黒川とて気持ちは同じだった。
生きることに嫌気が差して、死という選択肢を選んだ。自殺したいという気持ちを知人に打ち明かした時には、「それは逃げである」だの「努力云々」だの通り一辺倒な根性論を聞かされ、さらに生への嫌悪感が高まった。残してきた知人や家族から、なんて馬鹿なことをしたんだと罵られようが構わない。それほどに生きることが苦痛だった。そんな決意で死に臨んだのだ。
そんな人間に対しもう一度生きろ等と、これ以上残酷なことがあろうか。
「…………」
黒川の苦渋の思いから吐き出された問いに、しかし豊崎は答えない。ただその冷たく事務的な目を向けるだけだ。
二人の視線が交錯する。依然部屋は沈黙の帳が下りたままだ。
豊崎から一気呵成にまくし立てられすっかり意気消沈した久保田もその様子を静かに伺う。
沈黙を破ったのは豊崎だった。先ほどよりさらにトーンを落とした声で静かに告げる。
「もう一度申し上げます。お二人にはこれから輪廻転生をしていただきます」
作品名:ゲップ羊と名ピアニスト 作家名:武倉悠樹