あいつら役に立たないから。
器用に重心を探り当て、バランスを取る。
「このステッキの右端が魔界。左端を天界とします。本来人間界、人間の精神世界を支柱とした形而上世界は均衡がとれています」
「ふんふん」
「しかし、昨今、魔界に生まれる悪魔の数が増えているのです」
「人間が抱く負の感情が多くなってるって事?」
「その通りです。本来感情の多寡それ自体は問題無いのですが、相対的に天界に生まれる神が減っていることが問題なのです」
悪魔は均衡のとれたステッキの左端にシルクハットを載せた。途端バランスを失ったステッキが悪魔の人差し指から落ちる。
途中悪魔の右手にぶつかりながらちゃぶ台へと落ち、カランカラン、と乾いた音を立てた。
「バランスが崩れれば世界は滅びます」
俺は余りに淡々とした悪魔の説明にいまいち実感を抱けずにいた。
「それ、ほんとなの?」
「残念ながら」
大して残念がっていない様に見える態度で悪魔は続ける。
「もちろん、今お見せした例えはものすごく単純化した場合です。先ほど少しお話したと思いますが、実は支点となる部分には世界均衡核と呼ばれるものが存在し、天界と魔界の均衡を図っているとされています。ですのでそう簡単に崩壊には至らないとも考えています。ですがいつかその時は来るというのが我々悪魔の基本的な見解です」
「それで、世直しなのか」
「ええ。人間が抱くマイナスの感情を減らし、プラスの感情を増やす。それこそが最も分かりやすく世界を滅亡から救う手なのです。突然押し掛けた上に、この様な重責のある仕事をお願いするのは大変心苦しいのですが、是非ともご理解いただき、どうか宮内さんのお力をお貸し願えないでしょうか?」
悪魔は恭しくその頭を下げていた。
最初に話を聞いたとき、目の前の男が何を言ってるのかわからないと思った。
より丁寧に説明を聞き、話を理解した今、理解なんてするんじゃなかったと強く思っている。
まず最初の問題として、この悪魔から聞いた荒唐無稽な与太話を信じるかというところだ。
直感的には嘘を言ってないように感じる。世直しの内容にも拠るが、本当に壷や水を売りつけてこないのだとしたら、こんな事を話すメリットが理解できないというのもある。
次に信じたところで協力するのか、という問題だ。
もし、世界の滅亡が本当だとしたら。その場合は悩むまでもないだろう。
作品名:あいつら役に立たないから。 作家名:武倉悠樹