あいつら役に立たないから。
悪魔の目に力がこもった。
自らの思考を読む悪魔が目の前に座っている。そんな状況で俺の心中は、恐怖より好奇心が勝った。
もしかしたら余りにも突飛で奇想天外な状況の変化に恐怖心は臨界点をとうに超え麻痺し、正常な思考力はバカになっていたのかも知れない。
自分なりに力を込めて悪魔の目を見つめ返す。心のどこかで石にされたりはしないだろうかと脅えながら。
「話とは、なんでしょう?」
「ご理解いただき誠にありがとうございます」
悪魔は居住まいを正し、語り始める。
「では……」
その後、悪魔の説明は時計の長針が180度回転する間続けられた。
その間俺はほとんど口を開く事が無かった。質問することが無かったわけじゃない。その逆で質問する事が多すぎたんだ。
「こちらの作為で説明を端折り簡略化するのは説明する側の不誠実」とは悪魔の台詞で、まぁその懇切丁寧な説明にはめまいが起きるかと思ったほどだ。
なにせ、紳士の言ってることは単語からして理解できないのだ。
「不可逆性精神志向形成」やら「世界均衡核の調整微力」やら「共感性イメージの形而上具現化の総体」なんていう単語がなんの説明も無く飛び出してくる。
それらの単語に俺が眉根をひそめていると「共感性イメージの形而上具現化の総体と言うのは、かいつまんで言えば、こちらの世界の哲学者ベルグソンが語るイマージュの総体のような物が次元間の交感、正確には一方向的にですが、それを果たしたものと思ってもらって結構です」等と悪魔は噛みもせずにベラベラと良く喋る。
呆れ半分、諦め半分。説明開始から数分で俺は悪魔の話を理解する事を諦めた。
目的を漠然と話の輪郭を把握する事に変更し、判らない事は後でまとめて聞くことにした。
それが27分前の事だ。
「――というわけなんですよ。まぁ先ほどの世界均衡核に関しては我々悪魔の認識ですけどもね。とは言え恐らくこちらの世界からの外郭観測――」
「あぁ、わかったから!!」
俺はもう我慢の限界だった。
「信じていただけるんですか?」
「信じるも何もまったく訳わかんないって言う事がよーくわかった」
「そうなんですか?」
俺の意識など筒抜けのはずの悪魔が小首を傾げる。
先ほど「意識を読むのは無礼だ」と侘びを入れたのはどうやら本気だったようで、あれ以降悪魔が俺の意識を読んでいる様子は無い。
作品名:あいつら役に立たないから。 作家名:武倉悠樹