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 俺と対照的に落ち着き払った紳士の言葉はしかし俺の混乱を加速させるのみだ。
 見ず知らずの人間に、自分の名前が一方的に知られているというのは、気分の良いものでもないし疑念も湧く。
 想いを正直に出した俺の表情を汲みとってなお、丁寧でありながら且つ泰然とした態度を紳士は崩さない。
「心中はお察しします。しかしどうしても重要なお話をさせていただきたく参りしました。多少お時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
 紳士は曲げた右手を胸の下に添えながら恭しく頭を下げた。
 勝手に気分を害され、すぐさまその心中を慮られ、挙げ句の果てに馬鹿丁寧なお辞儀までされた俺は、気づけばどうぞと怪しい来客を家に招き入れていた。
 冷静に考えればなぜ素直に要求応じたのか、自分でもよくわからない。強いて言えば、瞳、声、姿、しゃべり方など、紳士の見た目、一挙手一投足のすべてに異様な雰囲気と不思議な力を感じたのだ。
 その力が俺の疑念の全てを消したわけではなかったが、それでも、紳士の要求をむげに断るという選択肢は頭に浮かばなかった。
 ドアを大きく開き、紳士を家の中へと誘う。
 後ろ手でドアを閉めつつ、部屋へと歩く紳士の背中を見つめながら、妙なことになったな、とぼんやり感じていた。

 汚れた部屋でちゃぶ台を挟んで座る男が二人。
 一人は俺。
 もう一人はジェントルマンルックな珍客。ちなみに紳士は正座をしている。
 あまりにも違和感を覚える光景に、一瞬頬をつねれば夢から醒めるんじゃないかと馬鹿な考えがよぎった。
 もう一度気持ちを落ち着け、目の前の紳士を観察する。
 日本人離れした高い鼻と彫りの深い面長の顔。髪も目も黒く、言葉のアクセントにも違和感は無いのだが、それでもすらりと細長い手足に燕尾服では、日本人なのかも窺わしい。
 不躾に相手を観察するが、紳士は一向に気にした様子を見せない。
 俺の心中の疑念を知ってか知らずか、謎の紳士はステッキとシルクハットを脇に置きながら、口を開いた。
「では諸々ご説明させていただきます。よろしいですか?」
 紳士の口調は落ち着き払っていた。
 混乱を隠せない俺の方がおかしいのではと気後れしてしまう。
「宮内正道さん、単刀直入に申し上げます。世直しをなされませんか?」
「はっ?」