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部屋に響いたチャイムにドアを開けたらそこに悪魔が立っていたと言ったら、一体何人の人間がそれを信じてくれるだろうか。
信じた人がもし居てくれるならありがたいが、その人は「もしもし俺だけど〜」と切り出す電話に注意すべきだ。つまり、信じる人の判断力を疑わざるを得ないくらい荒唐無稽な話ということになる。これからその話をする俺が言うのもなんだけど。
 まぁ、とにかく悪魔が立っていたんだ、俺の家のドアの前に。

――ピンポーン!
 物で散らかり只でさえ狭いワンルームに無機質な音が響く。
 来客を告げるその音を聴いたのは随分と久しぶりの事だった。田舎から上京し、大して交友関係の広くない一人暮らしの大学生の生活なんてそんなものだろう。
――ピンポーン!
 その数少ないチャイムを鳴らした来客は新聞と宗教の勧誘、NHK受信料の督促と厄介者三拍子だった。
――ピンポーン!
 つまりチャイムの音はロクなもんじゃないというのが俺の経験則から割り出した事実。
――ピンポーン!
 だったはずなんだけどここまで執拗にチャイムを鳴らされては無視というわけにもいかないだろう。
 どうやって勧誘を断るか。どうやって受信料の支払いを拒むか。そんな事を考えながらドアノブを捻る。
 ドアの隙間から恐る恐る顔を突き出した俺を迎えたのは、一言で言えば異様な男だった。
 細身でスラッとしたその体躯を包むのは黒のテイルコート。装飾品はステッキにシルクハット。英国で最も正装とされるその装いの着こなしを男は完璧にこなしていた。一片のシミもないシャツに、折り目正しいスーツと歪みの無いネクタイ。そしてそれらに負けぬ風格を漂わせている男。惜しむらくはここがサロンでも宮廷でもダンスホールでもない事だ。
 360度どこから見てもジェントルマン姿のその男は、場違いな装いゆえに違和感を醸していた。
「突然の訪問という無礼をお許しください」
 紳士然とした男が紳士然とした口調で話し始める。
 事態に付いていけない俺は慌てふためくしかない。
「え?いや、あの、あんた誰?っていうか何で?いや、あの、家間違えてないっすか?えっと、あの俺、宮う」
 頭に浮かんだ疑問や言葉がそのまま口から飛び出すほどの狼狽を見せる俺がなにを言おうとしたのかを敏感に察知したのか、狼狽する俺の声を遮ると、紳士は続ける。
「存じております、宮内正道さんですね?」