荒野を往く咎人
それに対し、その場でしゃがみ込むと割れた庭石の欠片を物憂げに眺めるトマス。いくつかの欠片を手に取りながら、トマスはゆっくりと口を開いた。
「君は、こんな血に汚れた僕を愛してくれた」
トマスが手にしていた、小さく尖った石の欠片が、涙に黒く濡れる。
「そんな君の愛に、なんでだろう僕は大きな安らぎを感じたんだ」
訥々と心の内を語りだしたトマスの言葉に、美女は身じろぎ一つせず、耳を傾ける。
「あまりにも暖かくて、あまりにも優しくて、僕は、僕は……」
立ち上がったトマスの足は土の地面が露わになり、彼の滂沱で黒ずんでいる。その地面を一歩また一歩と踏みしめながら美女へと歩み寄るトマス。
「僕は、僕を忘れそうになるところだった」
顔には数多の感情をないまぜにした様な凄烈な表情を浮かべ、手には彼の意志の強さを反映したような尖鋭な石片を携えていた。
「まるで、ここが僕の居るべき場所であるかのように、僕の心は君で満たされていた」
素直に吐露されたトマスの言葉を受けた時、初めて美女が口を開いた。
「それは!」
美女は語気を荒げ、続ける。
「私が!私とあなたがっ……!」
しかし悲壮な表情を浮かべる美女の口は途中で噤まれた。視線を泳がせながら語の継ぎ穂を探すが見つからず、紡ぎかけた言葉が宙に落ちる。
美女がなにを訴えようとしているのか。その意を汲み取ろうとトマスに僅かな逡巡がよぎるが、それも一瞬のことに終わった。今成すべき贖罪を前にして選べる選択肢などトマスは持ち合わせていないからだ。
視線は美女を捉えながらも、その実虚ろを射ぬく瞳を滲ませたトマスの、鋭利な石片を携えた右手に力がこもる。気力ともども振り絞るようにして、トマスは決意を口にした。
眼前の美女に許しを請うように。
なにより、自らを慰めるように。
「ホントはもう覚えちゃいないんだ。でもっ。それでも!僕には贖わなければならない罪があった!そして、贖罪を果たした先に待つ何かがあったはずなんだ!」
トマスの涙で黒く濡れた地面に新たな色が混じる。赤黒いそれは、石を堅く握りしめた右手から滴るトマスの血だ。
「だから!!」
トマスの魂の叫びに、美女は返す言葉を持たず、ただあふれる涙で返した。
「うおおおおぉぉぉおおっ!!」