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荒野を往く咎人

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しかし同時にトマスは自らがただの人間であると言う事を思い出し、自らに課せられた贖罪の重みに脅え震える時を送ることになった。いっそ何も感じない鉄の心であれば良いのにと願い、王の怒りの深さを痛感した。
 そんなトマスに対し美女は真っ直ぐな愛を注いだ。まるで何かに取り付かれているかのごとく、美女は笑顔でトマスの名を呼び続けた。

 トマスと美女は、花の彩の移り変わりを共に愛で、庭に住まう命の萌芽を共に喜び、朗らかな旋律を共に紡いだ。
 やがて、トマスは自らの中に芽生え始めていた美女への愛に気づく。やがて来る瞬間への悲しみと恐怖に嘆き、そして自らの想いを認めないかのようにトマスは美女を君と呼び続けた。君と呼ばれる度、美女には苦悶の表情が窺えた。その表情に、何か思うところがあるのだろうかとトマスは訝るが、深く問いただすような事はしない。名前を呼んでもらえぬ事を不満に思っているのだろう程度に思っておく。自分が愛を感じ始めている美女を、自ら手に掛けねばならないことをトマスは知っているからだ。
 互いに心の底を見せぬまま、それでも美女とトマスの愛は育まれて行く。
 高らかに蒼穹が広がったある日、二人は庭園に住まう狐に恵まれた新たな命を喜び合っていた。そのとき突如、それまで休むことなく庭園に涼を与えていた噴水の水音が止まり、小鳥たちの囀りが止んだ。
 時の隙間に転がり落ちたかのように庭園は静寂に包まれる。
 その無音の意味を知るトマスは、ついに来るその時におののく息を飲む。
 逆に突然の静寂に虚をつかれ、混乱しているのは美女のほうだ。周囲を見渡し、状況の確認をしようと慌てる美女の後ろ、対面するトマスの視界には巨大な門が現れていた。
 それはこの世界の終わりを告げる門。贖罪を成す時が来た事を告げる審判の門だ。
 その姿はトマスに今までの贖罪の数々を呼び起こした。悲しみが、怒りが、絶望が、愛が、感情の波濤がトマスの心で暴れまわり、壮絶な葛藤に苛まれる。磨耗した心にも枯れることなかった涙がトマスの頬を伝う。
 突如涙を流し始めたトマスに戸惑う美女をよそに、トマスは庭園の敷石を一つ起こして剥がすと、それを地面に叩きつけて割った。
「どうしたの、トマスっ!?」
 突如庭を破壊し始めたトマスの行為に戸惑い、制止をはかろうとする美女。
作品名:荒野を往く咎人 作家名:武倉悠樹