荒野を往く咎人
トマスの躯を包んでなお余りある縦横5メートルほどの正方形をした巨大な門が、何もないように思われたこの空間にいつの間にか佇んでいた。圧倒的な質量の金属の塊の中央には、荘厳な象嵌が施されており、手を取り合った男女が一組描かれている。
トマスは何の想いも読み取ることのできない虚ろな瞳をまっすぐに扉へと向けている。下から滑る様に上がっていったトマスの視線が、門の中央、男女の模様のところで止まり、一瞬の動揺が瞳を泳ぐ。
その様に呼応したのか、突如、音もなく扉が開き始めた。門の閉じ目を中心にして、線対称に描かれていた男女をまるで引き離すが如く、門が重さを一切感じさせる事のない滑らかさでゆっくりと開いていく。
徐々に取り合っていた男女の手が離れて行き、やがて数秒の後、人一人がやっと通れるかという隙間を見せた扉が、動きだしと同様に音もなく止まる。
そこには新たな世界が広がっていた。
今まで何度、強き決意をもって門を潜くぐった事だろう。そして、あと何度門をくぐらねばならないのだろう。
すでに思考は停止し、体のどこかに刻まれた情念の残滓にのみ突き動かされているトマスにはわからない。
考えることなどもうできなかった。できるのは、ただ、立ち止まらぬ事のみ。
トマスはそうして、フィリアへと繋がっているはずの道を、再び歩きだした。
門を抜けると、荒れ果てた大地は姿を消した。代わりに広がっていたのは、彩り鮮やかに咲き誇る花々と豊かに枝を茂らせた木々。そしてそこに集まる豊かな命であった。
桃源郷のような世界にトマスを迎えるがごとく薫風が吹き抜ける。
目を奪われるような光景を前に、しかし、トマスの痩せこけた心は動かない。
よくよく見渡せば、花も木も無秩序に命を咲き乱れさせているわけではなかった。花々は色別に区分けされ、木々は均整のとれた形に剪定されていた。
遠くに聞こえる涼やかな水音は、噴水だろうか。
棘薔薇が巻きつき赤鮮やかに、飾り付けられた門柱。古ぼけてはいるものの、汚さを感じさせないベンチ。
広く、その果ては見えねども、どうやらここはどこかの庭園らしい。
今まで居た荒野とは見違えた、色彩鮮やかで豊かな命の息吹が感じる世界を、トマスはあてどなく彷徨う。